[【1107冊目】宮田珠己『ふしぎ盆栽ホンノンボ』

- 作者: 宮田珠己
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/02/15
- メディア: 文庫
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「盆栽」が日本だけのものだと思ったら、おおまちがいのようだ。
本書に出てくる「ホンノンボ」とは、なんとベトナム版盆栽である。とはいっても、われわれがイメージする盆栽とはだいぶ違う。著者が挙げるホンノンボの特徴は、次の3つ。
○本体が岩であること
○ミニチュアがのっていること
○水を張った鉢のなかにあること
・・・すでに日本の盆栽とはひとつも一致していない。
まず、ホンノンボは「岩」、しかも奇妙な形をした岩がメインである。日本にも石付き盆栽というのがあるが、あくまで主役は植物だ。ところがホンノンボの場合、岩のほうが圧倒的な存在感を発揮している。なかには植物が存在しないものもあるというからものすごい。とはいえ、岩だけを鑑賞するというのともちょっと違う。それが次の特徴「ミニチュア」である。
ホンノンボが面白いのは、岩の上に載せられたさまざまなミニチュアの存在だ。ミニチュアって何? と思われるかもしれないが、たいていは人形である。日本の盆栽でも水車小屋や橋がついているものがあるが、「人形」が載っているのはあまり見たことがない。ホンノンボは人形付きがデフォルトである。それ以外にも塔やあずまや、あるいは虎や蛙などの動物も多い。
そして、ホンノンボの鉢は水をたたえている。そもそもホンノンボの語源は「ホン(島)」+「ノン(山)」+「ボ(景)」。つまり水の上に島があり、それが奇岩による山となっている風景を鉢の上にかたちづくっているのが、このベトナム版盆栽の姿である。その様相は山水画、それも中国の奥地で見られるような、湖上にそそり立つ奇岩の味わいに近い。そしてその上を、奇妙なミニチュアが闊歩している。それは釣り糸を垂れている男だったり、断崖の上で囲碁を打つ老人だったり、三蔵法師や孫悟空などの「西遊記」のご一行だったりする。
なんといっても、このミニチュアがホンノンボのポイントだろう。小さな人形が置かれることで、ホンノンボは人形を基準とした「風景」となる。言いかえれば、人形が置かれることで大きさの縮尺が生まれるのだ。例えば、岩の途中に三蔵法師の一行があらわれることで、奇妙な形をしたちいさな岩にすぎないものが突然、切り立った巨大な山塊に変わり、雑草の間に虎のミニチュアが置かれるだけで、そこが鬱蒼としたジャングルに変貌する。その箱庭的な世界観はきわだって個性的で、面白い。著者がハマるのも分かる気がする。
こうしたミニチュアのパターンからわかるように、このホンノンボはあからさまに中国文化の影響を受けている。釣り糸を垂れる男は太公望だし、囲碁を打つ老人は仙人のメタファー(大室幹雄『囲碁の民話学』を読まれたい)、三蔵法師に至っては言うまでもない。そこで著者はベトナムから中国へわたり、ホンノンボのルーツ(?)を探る。
その結果はやや拍子抜けだ。確かに中国には、ホンノンボにやや近い「盆景」があるにはある。しかし、それは洗練されすぎ、高尚になりすぎてしまい、鉢の中に桃源郷を再現するホンノンボのような遊び心は失われてしまっている。そして、それをさらに洗練させたのが日本の盆栽ではないか、と著者は推測するのである。確かに、中国の盆景にもミニチュアの人形が置かれているものがないわけではないのだが、その存在感はホンノンボに比べると至って希薄、人形はあってもなくてもよい、といった程度にとどまってしまっている。さらに日本まで行くと、ご承知のとおり、ミニチュアの人形が置かれている盆栽を(現代アート的なものは別として)探すほうがむずかしい。
こうして著者は失意のうちにベトナムへ舞い戻り、ユニークなホンノンボを探しまわる。本書にはその写真がたっぷり載っているのだが、その姿はたしかに、とりすました日本の盆栽とは全然違う。そのホンノンボも、多かれ少なかれある種猥雑なほどの混沌としたエネルギー、そしてユーモラスな遊び心をくすぐるものがある。盆栽の起源についてはよく知らないが、たぶん発祥は中国であろうと思われる。しかし同じ中国から発したものが、日本では静謐でエレガントな芸術品のようになり、ベトナムでは雑多でゆるく、それでいてエネルギッシュなホンノンボになるというのは面白い。
そして、それまでほとんどだれも着目していなかったこの妙ちきりんな「盆栽」をハノイのホテルで見つけ、そこから調べに調べて一冊の本にまで仕立てた著者の着眼がすばらしい。この著者はこれまで日本の巨大仏をめぐったり、ありとあらゆるジェットコースターに乗りまくったりしているらしいが(最近は四国八十八か所巡りをテーマにした本を出している)、今後はどういうテーマに突っ込んでいくのか、楽しみだ。