【530冊目】永井荷風「日和下駄」
- 作者: 永井荷風,川本三郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1999/10/08
- メディア: 文庫
- クリック: 12回
- この商品を含むブログ (24件) を見る
日和下駄に蝙蝠傘。江戸切図を懐に、荷風が歩いた戦前の東京を綴った一冊。
山の手から下町まで、カバーされている範囲がとにかく広い。また、「樹」「路地」「崖」「寺」などのテーマごとにひとつの章が書かれているが、そこに挙げられている実例がまた豊富である。単なる散歩というだけでは片付けられないものがあり、荷風が実にこまめに東京の町を歩き尽くしていることがよくわかる。また、名所旧跡や大通りだけでなく、むしろ目立たない生活の場である路地や閑地などに目を向けているところもすばらしい。江戸の香りをかすかに残している、当時の人々の生活ぶりが、その行間からふわりと漂ってくる。
当時の東京は、まさに文明開化の真っ只中、江戸以来の町並みが次々と、煉瓦や石造りの西洋風建築に置き換わるさなかである。その様子を眺める荷風の視線は、あくまでも冷ややかで、急激な西洋化により江戸のもっていた美質がどんどん失われつつあることへの嘆きが満ちている。面白いのは、荷風が町並みを汚すものとして非難する煉瓦の洋風建築が、今や古きよきものとして保全の対象となっていること。それがかえって、残すべき建物や風景は時代とともに変わるものであることを思わせてしまうのは皮肉である。
なお、本書は解説が良い。荷風の東京散策の意義をあますところなく記し、過不足がない。