hachiroetoのものぐさ遊読帖

自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【506冊目】浅田次郎「輪違屋糸里」

輪違屋糸里 上 (文春文庫)

輪違屋糸里 上 (文春文庫)

輪違屋糸里 下 (文春文庫)

輪違屋糸里 下 (文春文庫)

以前(このブログを始めるずっと前)読んだ「壬生義士伝」は無名の隊士の目線から新撰組を描いたが、同じ作家の本書は、同じ新撰組を、糸里をはじめとする複数の女性の目から描いたもの。しかも、新撰組をめぐるエピソードの中ではせいぜい「前半のひと山」程度に位置づけられることが多い芹沢鴨暗殺をメインに据えている。

しかし、これが文句なく面白い。まず視点の複数性が生きている。輪違屋の芸妓で土方歳三に惹かれる糸里、豪商菱屋の主人の妾として江戸から来た莫連女で、芹沢鴨とも逢瀬を重ねるお梅、さらにお勝やおまさといった女房連中、やはり芹沢配下の平山の子を身ごもる芸妓、吉栄。こうした、いわば裏舞台からの視点、しかも女性ならではの細やかで鋭い目線が、従来の新撰組像をことごとく打ち破っていく。特に、悪役として描かれがちな芹沢鴨を再評価し、一人の武士、一人の男としての矜持と悲哀を描き切る手腕は見事である。

ベタでお涙頂戴まるだしのシーンが多いのは毎度のことだが、筆致の抑えと場面の切り替えがうまく効いており、それほど気にならない。長編なのだがストーリーテリングのうまさと情景描写の美しさで一気に読ませる。特に今回、うまさを感じたのは会話にたっぷり盛り込まれた京都弁の効果。やわらかいが内に刃を潜ませた独特の語調が、新撰組の無骨な関東弁とぶつかり、えもいわれぬ味を醸し出している。