自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【505冊目】角田光代「薄闇シルエット」

薄闇シルエット

薄闇シルエット

友人のチサトと一緒に下北沢で古着屋を経営する37歳の女性、ハナちゃんが主人公の連作短編集。

恋人のタケダくんから当然のように結婚を前提にされて反発し、店の新展開を考えるチサトに距離感を感じるハナは、「したくないことはしない」とは言いつつも、周りがどんどん変わっていく中で変わらない自分にあせりを感じ、デザイナーの上条キリエの力を借りて、古着を使った布絵本という新しい分野に踏み出す。そんなハナの微妙な心理の変化を、この小説は日常の小さなエピソードをひとつひとつ積み重ねることで、実に丁寧に、繊細に描き出していく。その、ちょっとした細部から大きな意味を引き出す観察眼と描写が見事。特に周りの人のちょっとした言動から微妙な女心がぐらりと動くところの絶妙な心理描写に凄みを感じる。読んでいてなんとなく、柴門ふみの漫画によく出てくる、やはり30代の独身キャリアウーマンを思い出した。

「したくないことはしない」なんて、こと仕事に関して37歳にもなって言っているところは何とも子供っぽく、たしかに「タケダくん」が厳しくも指摘するとおり、それだけでは結局どこにも進めないのだが、ハナちゃんは周りの変化に煽られながらも、そのことをひとつひとつ経験から学び、自分なりに道を切り開いていく。そのドラマの裏側にあるのが、実は家族という重いテーマである。「手作り教教祖」の母、その母にコンプレックスをもつ情緒不安定な妹のナエ、38歳で54歳の男性と結婚したチサトの家庭。特に、母が急死して遺された家族が集まる「ホームメイドケーキ、ふたたび」の章は、ユーモラスながらも、家族ってなんなんだろうと考えさせられる。確かに、親が亡くなったり、自分が親になったりすると、それまでイヤだった自分の親のやり方や、親が作り上げようとしていた家族とはなんだったのかが、全然別の意味をもって見えてくるものなのだ。

それにしても、ナエに「30品目鍋」を食べさせられて育てられるモモコとダイキの行く末が心配である。