【381冊目】森村泰昌「『変わり目』考」
- 作者: 森村泰昌
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 2003/06/21
- メディア: 単行本
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著者は、セルフポートレイトを中心に独自で鮮烈な世界を作り上げてきた美術家・芸術家。しかし、本書はその美術論や芸術論というよりは、むしろ日記風社会観察論、あるいは社会観察日記といった風情の一冊である。
バンコクでの体験に始まり、著者自身のフィールドであるアート関係を中心にいろいろな物事が取り上げられているのだが、読んでいて「あれっ」と思ったのは、「批判」や「批評」めいたもの、要するに対象をけなしたり否定的に綴った文章がまったくといってよいほど見当たらなかったことであった。だからといって安易なヨイショではさらにない。そこでもうひとつ気付かされたのは、どんなモノに対しても著者が既成の見方に寄りかからず、自分の目、自分の考え方で記述しようとしていることである。
当たり前のこと、と思われるかもしれないが、徹頭徹尾これで通すのは、実はかなり大変なことだ。たいていのエッセイは、どこかでこっそりそのあたりを「ラク」している。ちなみに、批判や非難も、実は書いていてとても「ラク」な書き方である。私もこの程度の読書ブログであるが、それでも「けなす」ほうが「評価する」よりずっとラクだ。ちなみに一番ラクなのは、単純にヨイショすること。比べてはいけないと思うが、本書はそういう「ラク」な方法を一切取っていないところが凄いと思うのだ。
その代わり、著者は、著者にしかできないような見方で対象を眺めてみせる。ほんのちょっと見る角度をずらしているだけで、見せられてしまえば誰でもできそうなものだが、これが案外できない。そして、見えたものからそのエッセンスを取り出し、それを丁寧に、シンプルに書く。それだけなのだ。それだけなのだが、これがどこにでもありそうで、実は比類の無い本書のエッセイにつながっている。この「見方」が、森村泰昌のあのエキサイティングなセルフポートレイトにどこかでつながっているのだろうか、と想像してみると、なんだかドキドキする。