【255冊目】室生犀星「あにいもうと・詩人の別れ」
- 作者: 室生犀星,中沢けい
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1994/09/05
- メディア: 文庫
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「あにいもうと」「続あにいもうと」「死のいざない」「つくしこいしの歌」「信濃」「詩人の別れ」「庭」「虫寺抄」の8篇が収録されている。犀星の中期短編集である。
うーん。この短編集への感想は難しい。内容はそれぞれに多彩で、言ってみればバラバラなのだが、その全部に共通する「何か」があるような気がする。感想としては、どうしてもその「何か」を書きたいのだが、どう表現したらよいのか分からないのだ。
文章は純然たる口語体でとても読みやすい。特に自然の描写は美しいことこの上ない。特に「信濃」の自然描写、「庭」の植栽や「虫寺抄」の虫に対する細やかな視点は秀逸。しかし、その中に時折、どきりとするような、生木を裂くような鮮烈な表現があらわれるので油断ならない。そういうところでは、自然の中にそれを見る人の心理描写が織り込まれ、投影されているような気がする。
「死のいざない」以下6篇はわりと叙情的で淡々とした作品であり、特に後半は私小説的な要素が強い。面白かったのは「つくしこいしの歌」で、これは恋人との往復書簡のうち、女性の書いた手紙だけを並べているユニークな小説である。女性の書いた手紙を読むうちに、書かれていない男性側の手紙が浮かび上がってくる。
それに対してすさまじいのが「あにいもうと」「続あにいもうと」に登場する、兄妹や親子の罵詈雑言の応酬である。血のつながった家族であるからこそ歯止めなく展開される言葉の攻撃はおぞましく恐ろしい。この頃の作品を「市井鬼もの」というらしいが、まさに「市井」にある「鬼」としての人間の一側面を描ききった名作である。