自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【108冊目】川添 裕「江戸の見世物」

江戸の見世物 (岩波新書)

江戸の見世物 (岩波新書)

巨大な関羽の籠細工。ラクダや象などの異国の動物。右肩に乗せた竹の上の曲芸。本物と見紛うばかりの生人形。そして、これらを観るために集まった、一日五千人以上の江戸の庶民の活き活きとした姿。本書で描かれているのは、そうした「江戸の見世物」のありようである。

細工物、動物、軽業など、各章ごとにテーマを定めつつ活写されているのは、主に江戸中期から幕末に向けての江戸庶民文化のすさまじい活気と洗練である。見世物というとなんとなく「きわもの」的なイメージもあるが、当時の見世物はむしろ庶民の娯楽の本道であり、達人たちが並外れた腕を競う実力勝負の世界でもあった。そのレベルの高さと集客力は、歌舞伎がその影響を受けたり、見世物の「本歌取り」をすることさえあったという。また、幕末から明治初期には軽業の達人である早竹虎吉の「アメリカ公演」が実現したというからすごい。

「能」や「歌舞伎」などが伝統芸能として今日まで形をとどめているのに比べ、当時の見世物そのものは、若干の資料以外残っていない。しかし、著者によると、その流れは現代の娯楽にしっかりと受け継がれているという。いわれてみれば確かに、動物園などは当時の「珍獣見物」だし、サーカスは「軽業」、ディズニーランドのアトラクションは「生人形」と「細工物」の合成にほかならない。だいたい、現代社会最大のエンターテインメントであるテレビの娯楽番組に、当時の見世物の流儀の名残がみられるのである(ドリフターズのコントの「セット崩し」と同じ演出が江戸時代の見世物で行われていたという指摘には驚いた)。江戸時代の見世物事情という限られたテーマが、意外な広がりをみせるところが面白い。