自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2212冊目】吉田利宏『地方議会のズレの構造』

 

地方議会のズレの構造

地方議会のズレの構造

 

 
「ズレ」という切り口から地方議会を論じた一冊。教科書的な構成とはだいぶ異なるが、世間一般にとっての「地方議会」のイメージに近いところから話を組み立てているため、この手の本としてはかなり「入りやすい」ものになっている。

目次立てがうまくて、思わず読みたくなる。特に第1章「市民感覚とのズレ」の見出しが秀逸だ。いきなり「”もらいすぎ”と言われない議員報酬の決め方」とくるのは関係者にとってはギョッとさせられるが、さらにこんなふうに続くのだ。

”のれんに腕押し”と思わせない陳情と請願の扱い方
”定額支給”の費用弁償は疑惑の温床
”行列ができる”議会報告会の運営方法
”聴く気が失せる”傍聴規則を見直そう
”ゴミ箱直行”にならない議会だよりの作り方
”住民参加型”の議会審議運営を

 

どうだろうか。辛口ではあるが、なんとも「気になる」見出しだと思いませんか。

語り口も相変わらずの巧さで、地方議会という何とも「地味」なテーマにもかかわらず、読んでいてこれだけ飽きさせないのはたいしたもの。ご専門の法律論もしっかりしていて、理想は高く掲げつつ、地に足の着いた地方議会論になっている。

スター型の知事が増える一方、地方議会がメディアなどで称賛されることはほとんどない。注目されるのも知事への「抵抗勢力」としてだったり、「号泣県議」のような不祥事関係が大半だ。なんだか報われない仕事であるようにも思えてくるが、それでも地方自治にとっての議会の重要さは、関係者なら誰もが同意するところ。本書はそんな地方議会が、周囲との「ズレ」を克服し、信頼を獲得するための絶妙のガイドブックである。議会関係者、議会事務局職員、必読。

【2211冊目】モー・ヘイダー『虎狼』

 

虎狼 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

虎狼 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 



人里離れた邸宅に住む夫婦と娘の3人を襲った、警察官を名乗る2人の男。彼らは3人を監禁し、じわじわといたぶっていくのだが・・・・・・。

この筋書きから映画『ファニー・ゲーム』を思い出した方もいると思う。これ、個人的には「後味の悪い映画」ベスト5に入る映画なのだが、ただ本書はそこに「捜査する刑事」のフェイズを付け加え、さらに監禁された家族と監禁者二人の関係にもひねりを加えることで、ミステリー度が高い一篇に仕上がっている。

その意味で本書は、監禁虐待モノとしてはそれほど「イヤミス」ではないが、しかしその結末のとんでもなさときたら、考えてみればこれほど後味が悪く陰惨なものはない。一方、監禁された家族の場面と捜査側である刑事の場面を短く切り替えることで、物語全体がリズミカルで読みやすいものになっており、監禁の裏にある事情を追ううちに一気に読めるリーダビリティもすばらしい。本書の奥付では、著者は「サスペンスの新女王」と形容されていたが、まさにその形容にふさわしい充実の一冊である。

 

 

ファニーゲーム [DVD]

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【2210冊目】角幡唯介『雪男は向こうからやって来た』

 

 



「人間には時折、ふとしたささいな出来事がきっかけで、それまでの人生ががらりと変わってしまうことがある。旅先で出会った雪男は、彼らの人生を思いもよらなかった方向に向けさせた。そこから後戻りできる人間はこの世に存在しない」(p327)

 

雪男なんていうと、いかにもトンデモ本っぽく見えるが、本書は著者らがガチで雪男を追い求めた日々の記録である。

突然思い立ったワケではない。そこには、探検家たちの間で脈々と受け継がれてきた「雪男伝説」があったのだ。海外ではイギリスやソ連の探検家による足跡の発見や目撃情報があり、日本でも、芳野満彦、鈴木紀夫といった偉大な登山家、探検家が雪男との遭遇を証言した。鈴木紀夫に至っては、雪男を求めて6回にわたりヒマラヤの高峰ダウラギリ群に赴き、ついに雪崩に巻き込まれて命を失ったのだ。

そうした探検家たちからバトンを受け取ったのが、著者を含む高橋好輝らのチームである。本書は過去の「雪男発見歴」を辿りつつ、著者らの壮絶な探検の記録をまとめたものだ。大雪や雪崩のリスクの中で「雪男探し」という一見荒唐無稽とも思えるミッションに真剣に取り組むさまは、ある種感動的ですらある。

その結果、著者らは雪男に出会えたのかどうかについては、ぜひ本書をお読みいただきたい。私はむしろ、ラスト近くで明かされた本書のタイトルの意味に、ガツンと頭を殴られたような気になった。

私にとっての「雪男」とは、果たして何なのだろうか。それはすでに現れたのか、あるいはこれから現れるのだろうか。

【2209冊目】大山典宏『隠された貧困』

 

隠された貧困 (扶桑社新書)

隠された貧困 (扶桑社新書)

 

 

「人は、見たくないものを「見なかったことにする」という特技を持っています。親からの支援を受けられずに、自暴自棄になって夜の仕事に走る児童養護施設出身者。いじめをきっかけに薬物に手を出す依存症者。経済的困窮から万引きを繰り返す高齢者。こうした人たちの存在は、人を憂鬱な気分にさせます。本人だけに責任がある訳ではない。社会の矛盾というべき課題があるのも、なんとなくは想像できる。でも、それが今日明日にどうなる訳でもないから、私が考えてもどうしようもないから、だから、目をそらして「なかったこと」「聞かなかったこと」にする」(p.223)

 

本書のタイトルは「隠された貧困」。だが、実は貧困は、隠されているわけではない。上に掲げたように、単に人々が「見ないことにしている」だけなのだ。

そのことを一概に責める気はない。目にした貧困や暴力や虐待をすべて受け止めていたら、たいていの人は精神がもたなくなる。だから、目を伏せるのも、耳を閉ざすのも、まあしょうがないかな、と思えてしまう。

だが、一つだけお願いしたいのは、だったらせめて安易なバッシングはやめてほしい、ということ。生活保護受給者への、無理解に基づく非難。児童養護出身者への、無知に基づく偏見。薬物依存症者への、回復プロセスを知らないがゆえの指弾。それがさらに貧困を再生産し、社会的排除を促進する。

そんなことを言っている私も、薬物依存からの回復プロセスに「薬物の再使用」が組み込まれているのを本書で知った時には驚いた。単に薬物からシャットアウトするのではなく、薬物が手に入る環境に身を置いて、失敗を繰り返しながら、「手に入るけど使わない」ようになるにはどうすればよいかを考えるのが大切なのだという。

自立支援ホームのことも、本書で初めて詳しいところまで知った。義務教育終了後、20歳までの青少年を対象に、生活の場を提供する施設である。児童養護施設を利用できない若者の「駆け込み寺」的存在でもあるという。この施設に居場所を得ることで救われた青少年が、いったいどれほどいることか。

ほかにも高齢者や外国人、ホームレスなどさまざまな人々が登場するが、生活保護のケースワーク経験に裏付けられた貧困の実態や、さまざまな制度に対する洞察は、いちいちうなずかされることばかり。とりわけ、目に見える症状や特性ばかりにとらわれず、相手を常にひとりの人間として人を見つめる視線の温かさは素晴らしい。ケースワーカーとして学ぶべき点の多い一冊であった。

【2208冊目】佐藤亜紀『吸血鬼』

 

吸血鬼

吸血鬼

 

 

「よくある話では、最初は形がない。家畜や人を襲って血を吸うと、ぶよぶよの塊となる。更に餌食を貪ると、次第に人の形を整える」(p.170)

 


いわゆるわかりやすい「吸血鬼モノ」ではない。コウモリに変身して人の血を吸うモンスターとの対決も出てこない。

だがそれでも、この小説全体にみなぎる異様な空気、荒涼とした緊張感とでもいうべき世界観を表現するには、やはり『吸血鬼』なのである。ポーランドの片田舎に赴任したオーストリアの役人ゲスラーの目から描かれる、領主クワルスキの不気味さ、民百姓に広がる迷信と不安、そして次々と起きる怪死事件。そのすべてが、霧に覆われているかのような文章の中で淡々と綴られていく。

あえてジャンル分けすれば、ゴシック・ホラーということになるか。だが、日本人のいわゆるなんちゃってゴシックではなく、この人の作品はホンモノだ。実際に東欧の作家が書いたかのような、臨場感と迫力。たぶんここまで書けるのは、日本では著者と皆川博子くらいだろう。