【2208冊目】佐藤亜紀『吸血鬼』
「よくある話では、最初は形がない。家畜や人を襲って血を吸うと、ぶよぶよの塊となる。更に餌食を貪ると、次第に人の形を整える」(p.170)
いわゆるわかりやすい「吸血鬼モノ」ではない。コウモリに変身して人の血を吸うモンスターとの対決も出てこない。
だがそれでも、この小説全体にみなぎる異様な空気、荒涼とした緊張感とでもいうべき世界観を表現するには、やはり『吸血鬼』なのである。ポーランドの片田舎に赴任したオーストリアの役人ゲスラーの目から描かれる、領主クワルスキの不気味さ、民百姓に広がる迷信と不安、そして次々と起きる怪死事件。そのすべてが、霧に覆われているかのような文章の中で淡々と綴られていく。
あえてジャンル分けすれば、ゴシック・ホラーということになるか。だが、日本人のいわゆるなんちゃってゴシックではなく、この人の作品はホンモノだ。実際に東欧の作家が書いたかのような、臨場感と迫力。たぶんここまで書けるのは、日本では著者と皆川博子くらいだろう。