自治体職員の読書ノート・福祉版

福祉のこと、本のこと、などなど

【2316冊目】山田風太郎『人間臨終図鑑』

 

 

 

 

 

 

これはとんでもない奇書である。文庫本で3冊、総計約1500ページ。そこにただひたすら、享年順に、人々の「死にざま」のみを綴る。取り上げられているのは政治家、哲学者、軍人、豪商、芸人、犯罪者等々、なんと総計923人。もっとも若く亡くなったのは「八百屋お七」の15歳(放火のため火あぶりの刑)、最年長は泉重千代前人未到121歳(ただし年齢については疑義アリとのこと)。

この本は枕元に置き、毎日寝る前に数ページを繰っていた。なんだかアブナイ人みたいだが、功成り名遂げた人たちの死にざまを読んでいると、不思議と心が落ち着いてくるのである。どんな生きざまを示そうが、生きているうちに何を為そうが、死は死であって、それ以上でもそれ以下でもないということが、肌身に沁みてくる。それに比べれば、日常の心配や仕事のストレスなど何ほどのものか。

大往生が必ずしも尊いわけではない。長生きすればよいというものでもない。死に際を綴った本書は、人間にとって「生」とは何か、というもう一つの難題を、逆光のように突き付ける。例えば、次のような著者のコメントをどう考えるか。

「死は大半の人にとって挫折である。しかし、奇妙なことに、それが挫折の死であればあるほどその人生は完全形をなして見える」(A)

ちなみに、クイズです。これ、誰についての文章の中に出てくると思いますか。ついでに以下もどうぞ。いずれも何かしら考えさせられるものを選んだ。

「このすべてを捨てたアウトサイダーは、後年の何もかも管理された時代に生きる人々の中にファンを生んだ」(B)

 

「彼は晩年、それまで勤めた大学や役所の俸給や年金や著書の印税で豊かな収入があり、平生何の趣味もなく質素な生活をしていたので、少なからぬ遺産があるとみられていたが、死後になってそれらの大部分をひそかに慈善事業に寄付していて、遺産はきわめて僅少なものであると判明した」(C)

 

「いつものようにXXXで仕事をし、昼食後館員と談笑していたが、ふと黙って、椅子の上で両手をくんだまま首を垂れているので、みなが驚いて駆け寄ると、すでに昏睡状態であった。そしてその状態のまま、五月三日午前四時二分に死んだ」(D)

 

「何にも申しませんが、ただ『コレデオシマイ』と申しました」(E)

 

「(遺言状を書くようしつこく促され)硯と紙を持って来い、といい遺言状を書いた。それには『処分は腕力に依るべし』と、あった」(F)

 

 

「『何もかもウンザリしちゃったよ』というのが最期の言葉であった」(G)

 

答えと、私のコメントは以下のとおり。死の際にどんなものが見えてくるか、なんとなく感じることができただろうか。

 

 

≪答え≫

A:織田信長(48歳)→挫折の死というのが、実は死の本来なのかもしれない。すべてやり尽くした人生なんて、人生の燃え殻ではないのか。

B:種田山頭火(58歳)→死後の評価とは何なのか、考えさせられた一文。

C:アダム・スミス(67歳)→あの『国富論』の著者にしてこうだった。現代の成金どもは爪の垢でも煎じて飲みなさい。

D:柳宗悦(72歳)→ある意味理想の死にざまだ。

E:勝海舟(76歳)→著者曰く「人間最後の言葉の中の最大傑作」

F:鳥羽僧正(87歳)→「鳥獣戯画」の作者としても知られる高僧の発言。なんともファンキーで楽しい坊さんだ。かくありたし。

G:チャーチル(91歳)→あのチャーチルにして、と思わせられた一言。