自治体職員の読書ノート・福祉版

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【2315冊目】新井紀子『AIvs教科書が読めない子どもたち』

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち
 

 

著者は断言する。AIは「神になる」ことも「人類を滅ぼす」こともなく、シンギュラリティなど到来しない。そもそもAI=人工知能というが、人間と同等レベルの知能にコンピュータが到達することは不可能だ。今言われているAIとは、厳密には「AIを実現するために開発された技術」にすぎない(本レビューでも同様に、AI技術を単に「AI」と呼ぶ)。そして、こうしたAI技術は、すべてコンピュータによるものだ。

では、コンピュータとは何か。一言でいえば「計算機」である。コンピュータの機能とは「四則演算」であって、すべて数学に基づくものだけ。そして、数学が説明できるのは「論理、確率、統計」の3つ。したがって、この3つに関する機能であれば、コンピュータは人間をはるかにしのぐことができるが、それ以外のことはまったくできないのだ。

だったら、AIなんてたいしたことはない? 否、と著者は言う。たしかにAIができることは限られている。だが、人間の能力がそれに満たないものであれば、AIが人間の仕事を奪うことは十分考えられる。そこで登場するのが、本書後半で示される「全国読解力調査」である。

これは要するに「教科書が読める」「新聞が読める」レベルの読解力があるかどうかを調べる調査である。実は本書でもっとも恐ろしいのは、AIの能力の高さではなく、日本の中高生の(おそらくは成人も含めて)読解力の低さである。

係り受け」「照応」「同義文判定」など、出題されるのは日本語の論理的な理解力を問うものばかり。その内容は本書を見ていただきたいが、教科書や新聞の文章をもとにしたもので、決して複雑なものではない。しかしその結果は衝撃的なものだった。なんと「中学生の半数は、中学校の教科書が読めていない状況」であり、「具体例同定(数学)」という分野では、「中学3年生の8割がサイコロ並みにしか答えられなかった」(つまりランダムな正答率並みだった)のだ。

だから著者は、アクティブ・ラーニングやプログラミング、英語の早期学習より、基本的な日本語読解能力の向上を優先すべきと主張する。「教科書も読めない」レベルの学生が社会人になって就ける仕事の大半はAIによって代替されてしまう可能性が高いからだ。このままいけば、AIができないタイプの労働は人手不足になる一方、失業者が世にあふれるという「雇用の二極化」が生じる危険性が高いのだ。

もっとも、AIによって代替されにくいとされている仕事の中には作業療法士ソーシャルワーカー、歯科矯正士なども含まれており、読解力とこれらの仕事に求められる能力にどの程度の相関関係があるのかは疑問である。これらの仕事では、むしろ身体的な感覚や感情面の共感能力などが求められるのではなかろうか。

とはいえ、思ったより多くの人が文章をまともに「読めない」ということ自体が衝撃的な一冊だった。もっとも、これは現代に限ったことではなく、実は昔からそうだったのかもしれない。もう一つ思ったのは、SNSや某掲示板のような場所が「荒れる」理由の一つに、まともに文章が読めず、文意が汲み取れない人に発信力が与えられてしまったことがあるのかもしれない、ということだ。ツイッターも結構だが、今後は一定の読解力がある人だけのSNSが必要なのかもしれない。登録の条件は、日本語読解能力検定で8割以上をクリアすること、なんてね。