【2287冊目】アンディ・ウィアー『火星の人』

 

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

 

 

いや~、おもしろかった。映画『オデッセイ』を先に観ていたので(こちらもなかなかよかった)、あえて原作は読んでいなかったのだが、もったいないことであった。ちなみに読んだきっかけは、例のハヤカワ文庫ベスト100で『ソラリス』と『われはロボット』の間に挟まっていたため。でも、読んですぐ納得した。なるほど、この2冊に挟まれるだけのことはある。

猛烈な砂嵐に見舞われる中、仲間とはぐれて火星に一人置き去りになったマーク・ワトニーが主人公。残されたわずかな設備以外、空気もなければ水も食糧もない、地球と連絡を取ることさえできないという、究極のロビンソン・クルーソー状態(これに比べれば、絶海の孤島などかわいいものだ)。どう考えても絶望しかない状況でのワトニーの必死のサバイバル、そのリアリティが圧巻だ。

爆発しないよう、決死の思いで水素を燃やして水を生成する。自分の糞尿を肥料にジャガイモを育てる。不可能を可能にする知恵の数々で、不可能かと思われたサバイバルが徐々に現実味を帯びてくる。だが火星の環境もまた甘くない。わずかな失敗がそれまでの蓄積を吹き飛ばす。そして物語は思いもかけない展開を迎え……

奇跡もなければ魔法もなく、火星人も謎のウイルスも登場しない。火星のパートに登場するのはワトニーただ一人。だが、これはまぎれもなく、由緒正しき正統派のSF小説の末裔だ。ワトニーの取る手段は、現実に同じ環境に置かれた人が取り得る手段。ワトニーが遭遇するトラブルもまた、火星に行けば誰もが遭遇しておかしくないトラブル。徹底的に現実から足を離さず、論理と実証の組み立てのみで話を進め、それでいて500ページ以上にわたり、読み手を一瞬たりとも飽きさせない。ものすごい筆力、ものすごい発想の連続。

言い忘れていたことが、2つ。1つ目。ワトニーのユーモアが、この小説の「救い」になっている。ベタベタのアメリカンジョークとアメリカンユーモアなのだが、こういう気の滅入る状況ではそれこそが大事。シリアスな時こそ笑いを忘れずに、だ。地球でも必要な教訓である。

2つ目。本書は途中から、地球のパートとの2部構成になり、さらに後半からは思いもかけない人々(としておこう)も加わった3部構成になる。だが、やはり本書の最大の魅力は、火星での不可能サバイバルに挑むワトニーなのだ。映画を観た方も、騙されたと思って読んでほしい一冊だ。