読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2203冊目】東畑開人『野の医者は笑う』

 

野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

 

 

「治癒とはある生き方のことなのだ。心の治療は生き方を与える。そしてその生き方はひとつではない」(p.266)

 
ヒーラー。占い師。スピリチュアル。パワーストーン。天使。霊。前世。

既成の医学にあてはまらない、ちょっと(かなり?)怪しげなこうした「治療者」たちを、著者は「野の医者」と呼ぶ。一見するとタダのオカルティズム。だが、そこに通って実際に治る人がいて、治療者になる人もたくさんいるのは、いったいなぜなのか。

気のせい? プラシーボ効果? そうかもしれない。だが、著者が「野の医者」たちと出会い、実際に施術を受け、スクールに入った結果見えてきた世界は、こうした先入観とははるかに遠いところにある。もちろん、単純に「取り込まれた」ワケではない。むしろ、西洋近代医学の「先入観」を脱し、「治癒」ということの本質に届いた、というべきだろう。

面白いのは、こうした「野の医者」の多くが、以前は心を病み、ヒーリングや前世療法を受けていたこと。著者の言い方にならえば、「ミイラ取りがミイラになった」のではなく「ミイラがミイラ取りに」なってしまったのだ。このこと自体、「医者」と「患者」をはっきり分ける西洋医学ではありえない考え方だろう。医者は「治す人」、患者は「治される人」。それが現代のジョーシキだ。

だが、これってはたしてまっとうなことだろうか。医者も人間なのだから、本当は患者になってもおかしくない。というより、そもそも「健康」と「病気」を分ける考え方自体がおかしいのかもしれない。人は誰しも、多かれ少なかれ病んでいる。100パーセントの健康なんて存在しないのである。

著者がたどり着いた「治癒」の本質が冒頭の引用のようになるのも、そういうこと。治癒とか治療というものは、実は普通に考えられているよりも相対的であやふやなものなのだ。そのことが確認できただけでも、本書を読んでよかった。