読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1871冊目】熊谷達也『邂逅の森』

 

邂逅の森 (文春文庫)

邂逅の森 (文春文庫)

 

 

この間読んだ『氷結の森』と同じ作家の作品とは思えない、骨太の傑作だ。東北の雄大な自然を背景に、マタギとして生きようとする富治の人生を厚みたっぷりに描き、非常に読みごたえのある小説となっている。

序盤の寒マタギのシーンがすばらしい。雪に埋もれた冬山で、クマやアオシシ(ニホンカモシカ)を求めて何日も過ごすマタギの日々が、臨場感たっぷりに描かれている。その圧倒的なリアリティは、著者自身にマタギの経験があるのではないかと思えるほどだ。おそらく相当なリサーチをしているのだろうが、それが著者自身の裡でしっかりと消化され、小説世界に織り込まれている。

「毎年、寒マタギをはじめてからの数日間は、さすがに体に応える。だが、十日もすれば、いつの間にか気づかぬうちに、体が山に順応する。不思議なもので、毎日あれだけ激しく動いているというのに、食事の量が、里にいる時よりも少なくてすむようになってくる。あわせて、自分の感覚が日毎に鋭くなっていくのがわかる。それまで聞こえなかった音が聞き取れ、視力も増して、何より獲物の気配に敏感になる。そうして少しずつ、人間が獣に近づいていくのかもしれない」

富治以外の人物造形もなかなかしっかりしている。特に、鉱山で出会う小太郎とその姉イクは、単なるキャラクター造形を超えて、著者流の人間賛歌にまでなっている。人は変わることができる。そのことを、この二人の登場人物は教えてくれる。

自然の素晴らしさとおそろしさ、人間の愚かしさとすばらしさが、この小説には凝縮している。世界観、キャラクター、ストーリー、描写、いずれも申し分なし。山本周五郎賞直木賞をダブル受賞したのも納得の、現代日本小説の収穫といえる一冊である。