自治体職員の読書ノート

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【1728冊目】アルベルト・マングェル『図書館 愛書家の楽園』

図書館 愛書家の楽園

図書館 愛書家の楽園

図書館本21冊目。いよいよ大詰め。

さて、そもそも、図書館とは何だろうか。

この問いに対して、著者ほどに深遠で本質的な答えを返すことのできる人物はいないように思われる。もし他にいるとすれば、著者が若い頃本を朗読したボルヘスその人か。

図書館。それは世界そのものである。宇宙である。人の心の中にあり、秩序立った外観をもちつつも、夜が更けると別の姿をあらわす。図書館が世界? いや、それを言うなら、むしろ世界とは図書館である、と言うべきかもしれない。

「世界の百科事典、無限の図書館は存在する。それは、世界そのものなのだ」(p.87)


本書は単に図書館の歴史を綴った本ではない。図書館にまつわるありとあらゆるエピソードを巡り、イメージを追いかけ、その本質を夜の闇の中でえぐった一冊なのだ。

だいたい、目次がすばらしい。図書館好きであれば、この目次を見ただけで、本書を手に入れたいという誘惑に駆られるのではないだろうか。

神話としての図書館
秩序としての図書館
空間としての図書館
権力としての図書館
影の図書館
形体としての図書館
偶然の図書館
仕事場としての図書館
心のあり方としての図書館
孤島の図書館
生き延びた本たち
忘れられた本たち
空想図書館
図書館のアイデンティティ
帰る場所としての図書館


そもそも古代アレクサンドリア図書館がすでに「この世界は途方にくれるほど多様性に富み、その多様性には隠された秩序が存在するにちがいない」(p.26)ことを告示しようとしていた。それはまさに、バベルの塔を建てようとした人びとの野心であった。「ここでは記憶が生きたまま保たれ、文字として書かれた思想のすべてが適所に配置されている。どんな読者も、本を開かずに行から行へと思索の道筋をたどることができ、こうして宇宙は言葉に投影された姿をあらわす……」(同頁)

すなわち、本の布置こそは世界の投影であった。そこをある意味でつきつめたのが、アビ・ヴァールブルクが20世紀初頭のハンブルグに収めたコレクションに始まる有名な「ヴァールブルク図書館」だ。そこでは既成の分類にとらわれず、ヴァールブルクの宇宙観に基づく独自の並びで本が配架されたという。

「当時のヴァールブルクを知る人びとによれば、彼は「本能」に従って、興味を引くテーマの本を片端から収集し、綿密な図書目録を作成していたという。同じく、本能に従って、その瞬間にひらめいた考えの道筋に沿って、本を並べなおした(しかも、並べ替えは何度もやりなおされた)。ヴァールブルクの考えによれば、図書館とは、何よりも関連性の積み重ねであり、関連性のそれぞれがさらに新たなイメージや文章の結びつきを生みだし、その関連性がついには読者を最初のページへと引き戻すのだった。ヴァールブルクにとって、図書館はつねに円環をなしていた」(p.185)


これで思いだすのは、図書館ではないが、東京丸の内にかつて存在した「松丸本舗」である。あの書店もまた、松岡正剛氏の世界観に基づいて独自の円環構造で書籍が配置され、訪れるたびに抜けられなくなる無限回廊の迷宮のような場所だった。

図書館をめぐる「闇」の部分にも忘れずに触れられている。特に重要なのは「どの本が置かれなかったか」。図書館の歴史は禁書、焚書、弾圧、思想調査の歴史であった。いや、それは現在でさえそうかもしれない。

びっくりしたのは、ナチス・ドイツ下のビルケナウ収容所の話だ。子供ばかりを収容したこの収容所にはなんと秘密の「児童図書室」があった。並んでいるのは囚人がこっそり隠して持ち込んだ本だ(ドイツで禁書とされていた本もここで読めたという)。もちろん見つかったら処罰は免れない。8冊から10冊の「蔵書」は、年かさの少女に預けられ、夜ごと別の場所に移された。

それでも見つかってしまうことはありうる。そこで起きたのは、大人の囚人である「指導員」たちが「監視の隙を見ては、幼いころに憶えた物語を暗誦し、交替で毎回別の子供に「読み」聞かせた」(p.220)という、まさにブラッドベリの『華氏451度』を地で行く「書物の人間化」であったのだ。この「口承」は「図書室の本の交換」と呼ばれていたという。

本書を読むと、われわれのもっている「図書館」のイメージがいかに狭く、いろいろなことにとらわれたものであることを痛感させられる。少なくとも、本気で図書館改革を行うのであれば、古今東西の図書館のイメージに沈潜し、その本質の深みを掴み取ってくるぐらいの姿勢が必要であろう。ただし、知の深淵のあまりの深さに、潜ったまま出てこられなくならないよう、ご注意を。

松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)