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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1637冊目】橋爪大三郎『世界がわかる宗教社会学入門』

原理・思想・宗教

世界がわかる宗教社会学入門 (ちくま文庫)

世界がわかる宗教社会学入門 (ちくま文庫)

ユダヤ教キリスト教イスラム教、仏教、儒教と、世界の主要宗教を総ざらいして解説した一冊。東京工業大学での講義がもとになっているらしい。

そもそも、宗教の役割とは何か。著者はこう書いている。

「人類の歴史をひもといてみると、知性が限界を超え、考えられないことを考えようと苦闘してきた歴史でもあることに気づく。そのような苦闘なしに、人間は、自分の存在理由を確かめることができなかった。そして、価値にあふれ、意味に満たされているこの世界が、そのようであってよいのだという確信をもつことができなかった。誇りある知性として、自分を肯定することができなかった。
 宗教とは、このような試みである。そして、文明の原動力である」(p.17〜18)


著者によれば、自然と切り離され、都市で生活するようになった文明社会では、こうした宗教が必然的に求められるようになったという。一方、日本人(だけではないだろうが)が宗教にいささか鈍感であり、宗教というとうさんくさいもの、できれば避けたいものと感じてしまうのは、日本人が長らく自然と一体化した生活を営んでおり、都市と自然とを隔てるはっきりした境界(城壁)を持たなかったためであるらしい。

だが世界標準でみれば、多くの国(特に日本人が関わりをもつことが多い欧米系の国)では、宗教の存在感や影響力はきわめて大きい。そこで「宗教音痴」の日本人に向けて著者が語った内容をまとめた……というのが、本書のスタンスだ。

わずか200〜300ページの中に世界の主要宗教の成り立ちと歴史を詰め込んであるので、内容はあくまで基本的な部分が中心だが、その分だけ、それぞれの宗教の本質部分が浮き上がるように書かれている。

あまり考えたこともなかったが、言われてみればなるほど、と思う点も多かった。例えば、キリスト教はお隣の韓国ではものすごく広まっているのに、なぜ日本では信者がなかなか増えないのか。著者はその理由を「日本は父系社会ではないから」と言う。

儒教の影響を強く受けている韓国では父親の権威が強く、そこが父親崇拝的なキリスト教と相性が良いらしいのだ。ところが、そもそもキリスト教を韓国に広めるにあたり、大きな役割を果たしたのは日本のクリスチャンだったというから皮肉である。

世界の主だった宗教が軒並み「死後の世界」を否定しているというのも、言われるまで気付かなかった。たとえば、キリスト教では最後の審判で死者は「復活」した上で裁きを受けるのであって、死んだまま神の国に入るわけではない。イスラム教もほぼ同じ。ユダヤ教ではさらに徹底していて、死ねば土くれになってしまうと考えるという。

仏教やヒンドゥ教では「輪廻」が中心なので、死んでもどこかに生まれ変わる(天界や地獄も、死んだまま行くのではなく、生まれ変わった先の話なのだ)。ちなみに浄土宗における極楽も生まれ変わって行くワケだが、もともと人が極楽に行きたがる理由は、そこで阿弥陀仏の教えを受けることで、極楽で死んだ後に「成仏」(輪廻から離脱して仏になる)することができるためである。それがいつのまにか、極楽浄土に行くこと自体が自己目的化してしまったらしい。

儒教は徹底した現世主義で死後の世界には関心自体があまりない。唯一、比較的死後の世界に関心が高いのは(本書ではほとんど扱われていない)道教で、地獄や閻魔、鬼といった概念は道教から仏教に取り込まれたらしい。

自治体職員の仕事がらみでちょっと気になったのは、法律観と宗教の関係だ。それによると、儒教的な法律観は「統治階級が人民に下す命令」であるのに対し、キリスト教などの一神教的な法律観は「神から発するもの」であるという。何が違うかと言うと、一神教の場合、統治階級と一般民衆は、神に対しては横並びなのである。だからこそ「法の支配」という発想も出てくるのだ。

日本は従来、明らかに儒教的な法律観をもっていたが、日本国憲法は西洋伝来の一神教的法律観を胚胎している。このへんの「ねじれ」をどう考え、対処していくべきか。法律の問題もまた、宗教と深く絡んでいるのだ。

本書は知識面はもとより、それぞれの宗教のもつロジックを明確に解説してみせているのが面白い。そして、宗教と国家や社会が実はウラハラなもので、ぴったりと結びついていることが本書からはうかがえる。実際、ルターの宗教改革は近代国家を、カルヴィンの思想は近代資本主義を準備したのだし、中国の易姓革命孟子が源流だ。

となると気になるのが、では日本は……? ということなのだが、著者は尊皇攘夷思想についてはかなり詳しく解説しているものの、それ以前の日本人の宗教観については、せいぜい仏教史の中で触れている程度で、このあたりはいささか物足りない。

確かに世界宗教について知ることも大事だが、そうではない信仰のありようを日本人は持っているのか、だとすればそれは、今の日本社会とどのようなカタチで対応しているのか、という点についても、できればもう少し分析が読みたかった。

この点については、個人的には「神仏習合」がカギになるのではないかという気がしているが、いずれにしてもいろいろ考えてみたいテーマである。だいたい、いくらキリスト教イスラム教に詳しくなっても、それとは違う日本人の宗教と信仰のありようを、日本人自身が語れなければ、そっちのほうが滑稽でマヌケだと思うのだが……