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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1504冊目】小田雅久仁『増大派に告ぐ』

増大派に告ぐ

増大派に告ぐ

デビュー作にして、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。もっとも本書におけるファンタジーとは「幻想」ではなく「妄想」だ。

ある日公園に住みついた、31歳のホームレス。その男が取り付かれているのは、世界は「増大派」によって侵食されつつあるという妄想だ。石をぶつけてくる少年も吼えかかる犬も、彼にとってはすべてが「増大派」の仕業と見える。

彼自身は「減少派」を自任する。増え続ける増大派に抗する少数勢力。それが自分。増大派を見分けるには、片目をつぶって相手を凝視すればよい。増大派は闇の空気がつきまとっている。増大派はラジオに暗号電波をのせてメッセージを送っている。それを聞き取るためには、携帯ラジオが欠かせない。

いわゆる「精神」のひとの内部世界とはこういうものか、と思わせられる強烈な描写が続く。すべてが自分の妄想に結びつき、妄想を強化する無限の思考ループ。その奥底で鳴りひびくのは、幼いころに母が弾いたピアノの曲。過去は男の精神の底にべったりと貼りついて、はがれなくなってしまっている。そしてまた妄想が頭の中を駆け巡る。

そしてもう一人、14歳の中学生が登場する。舜也というその少年は、酒によって暴れる父に殴られてガラスのサッシに頭をつっこみ、頬に大きな傷ができた。周囲をアホと軽蔑して一人孤高を気取る「中二病」が痛々しい。近くの公園にやってきた赤い野球帽のホームレスが気になっているが、そのうち好奇心が災いして、男にある頼みごとをされてしまう。

舞台はどこかのマンモス団地。舜也はその団地を、小5の時に詩に書いた。無限に並んでいるような団地の建物に「自分たちもまた無限にいるのではないかと」絶望した子供たちが「自分がひとりしかいないことを証明するために」歩き続けるのだが、結局何も見つからず「おなじ怒りにうめきながら/おなじ階段を登り/同じドアを開け/同じ寝息を聞きながら/おなじ寝顔で/おなじ夢を見/おなじベッドに眠るのだ」という詩だった。

先生はこの詩を黙殺した。だが同級生たちはなにかを敏感に嗅ぎ取った。団地のもつ不気味な均質性は、本書の底流にずっと流れている。舜也自身もまた、そこから逃れられず、自分でも気づかないままもがいている。ある意味、あのホームレス以上の狂気と絶望を、この少年もまたはらんでいるように感じる。

こうして物語は妄想と狂気と絶望のうちに進み、急転直下の衝撃的な結末に至る。いや、しかしこの小説の終わり方は、やはりあれしかなかったと考えるべきか。それがどんなものだったかは、実際にお読みになって確かめられたい。著者はコーマック・マッカーシーアゴタ・クリストフがお好きだというが、わかる気がする。しかし本書は、デビュー作にしてすでに著者自身の世界になっている。すでに次作『本にだって雄と雌があります』(タイトルだけですでにスゴイことになっている)が刊行されている。読まなくては。

本にだって雄と雌があります