【1375冊目】大友克洋『童夢』
- 作者: 大友克洋
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 1982/06/28
- メディア: コミック
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実家の押入れを片づけていたら、学生のころハマっていた本がぞろぞろ出てきた。中でもダントツで忘れがたいのが本書。もっとも、久しぶりに読み返したら、印象の強さはそのままながら、マンガとしての「うまさ」にあらためて唸らされた。
徹底した細部の書き込みと、水墨画を思わせる大胆な余白。爆発や崩落といった「動」と、静まり返った団地の「静」のコントラストの鮮やかさ。1ミリの狂いもない見事なコマ割りに、全編にわたって一瞬も切れない緊張感。『AKIRA』の近未来都市ならともかく、現代の「団地」という平凡なロケーションをここまで迫力満点に描けるなんて。
舞台は現代(といっても発表当時だから、1980年代くらい?)のマンモス団地。無機的な建物が並ぶその集合住宅で、短期間に大量の自殺、事故死、変死が発生する。そのうち捜査にあたる刑事までが謎の死を遂げ……。
最初はミステリー調で始まるが、まだ序盤のあたりで、突然「犯人」の正体が明かされる。ベンチに座っている老人が、実は超能力の持ち主で、面白半分に団地の住人の命を奪っていたのである。こう書くとなんとも荒唐無稽だが、一瞬もそう思わせないのがマンガの力。しかもそこには同時に、その老人を上回る「力」の持ち主である女の子が登場し、物語は警察、老人、女の子の三つ巴の超能力合戦の様相を帯びる。
最初はひっそりと「遊んで」いた老人だが、どんどんその「イタズラ」は過激になり、ついには団地全体を巻き込んだ大スペクタクルに発展する。ジェットコースターで一気に急降下するような、この怒涛のエスカレーションが快感。読んでいて、脳内麻薬がドバドバ分泌されているのを感じる。
そこに絡んでくるのが、流産をきっかけに精神のバランスを崩した「手塚」、知的障害と思われる大男「良夫」、アル中で粗暴な「吉川」などの個性的な住人たち。無機質な団地のハードと、ユニークで強烈な住人の対比もまた鮮やかだ。まさしく、団地自体がひとつのトポスとしての力をもっている。その中心にいるのが、無害に見える超能力者の老人というのがおもしろい。
それにしても、この老人の正体はいったい何なのか。その答えは、最後まで明かされない。日常に溶け込んだ超能力者がもつ、純粋な悪意が描かれるだけである。しかもその悪意は、子どものもつ無邪気な悪意に通じるものがある。
考えてみれば「老人」とは、次第に子どもに戻っていくもの。「老子」ではないが、老いて達する究極の境地が嬰児のそれだとすれば、あの老人もまた、虫をひねりつぶして遊ぶ子供の無邪気さで、団地の人々を殺していたのかもしれない。
それを諌める同じく超能力者の女の子もまた、やんちゃな男の子を叱るおしゃまな女の子そのままだ。本書が描いていたのは、一貫して「子供の世界」なのかもしれない。そういえば本書のタイトルは『童夢』であった。