自治体職員の読書ノート

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【1257冊目】フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』

犯罪

犯罪

実際の事件をもとに、現役の刑事事件弁護士が綴った11編。

余計なものをそぎ落としたストイックな文章がすばらしい。行間から何かが伝わるという言い方をすることがあるが、本書ほどその表現があてはまる本は少ない。犯罪を犯してしまった人々の、悲哀、苦悩、したたかさ、愚かしさ、尊厳が、読むほどにじわじわと伝わってくる。

最初の作品〈フェーナー氏〉で、一気に持っていかれた。生真面目な男が「生涯の愛」を誓ったパートナーを殺害するまでのくだりに、それまでの彼の70年以上の人生の悲哀、それにもかかわらず「誓い」を破れなかった滑稽さが詰まっている。それはまた、フェーナー氏自身の70年余の人生が、この20ページほどの文章にギュッと濃縮されているということでもある。そういう、人生の総決算が犯罪となってしまうような生き方だって、ありうるのだ。

かと思えば、次の〈タナタ氏の茶碗〉は「上には上がいる」系のブラックな一品。他にも姉弟の悲哀を綴った涙なしには読めない〈チェロ〉があるかと思えば、兄弟を見事にかばい切る天才的頭脳の持ち主が出てくる〈ハリネズミ〉があり、あるいは「愛するがゆえに食べたくなる」カニバリズムの持ち主が出てくる〈愛情〉があるかと思えば、エチオピア人の「心優しき銀行強盗」が登場する〈エチオピアの男〉がそれに続くなど、とにかくさまざまな人生の断面が次々に繰り出され、圧倒される。短篇の配列も絶妙で考え抜かれており、タダの弁護士とは思えない。

さらに、本書が単なる「作り話」ではなく、事実をベースとしているという点に、実は本書の最大の凄みを感じる。いやはや、刑事弁護という仕事は、これほどまでに多様でヘビーな人生の縮図を見せつけられるものなのか。シーラッハがこういう本を書いたのも、あるいは他人の人生を抱え込むプレッシャーからの、一種のガス抜きのようなところがあるのかもしれない。