自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1048冊目】アリー・ベン‐ナイム『エントロピーがわかる』

エントロピーがわかる―神秘のベールをはぐ7つのゲーム (ブルーバックス)

エントロピーがわかる―神秘のベールをはぐ7つのゲーム (ブルーバックス)

熱力学を含め、物理学は正直チンプンカンプンだ。いくつか読みかじってはきたものの、ことごとく脱落してきた。高校の授業もあっさりギブアップ。それ以来、この世界には縁がないものと決めてかかっていた。

それでもさすがに、「熱力学の第二法則」くらいは聞いたことがある。だがそれも「エントロピーは増大する」なんて言われて、そもそもエントロピーって何なのかよく知らないままに、なんとなく直感的に「こういうことだろう」とアタリをつけているだけ。まあ、世の中の「ばらつき具合」を表す言葉なんだろうな、と勝手に想像する程度であった。

まあ、読み手がこの程度のヤツなんだと分かった上で以下の感想をお読みいただきたいのだが、私にとって、本書はものすごく分かりやすかった。サイコロ・ゲームからエントロピーの本質を導き出す手際もあざやかだし、「正体不明の情報」という一見分かりにくい概念をかませることで、むしろエントロピーそのものの理解が進むところなど、説明の仕方が神ワザである。なるほど、統計と確率のロジックの方向から攻めればよいわけか。熱力学の概念だからといって、馬鹿正直にそっちの方からアプローチすることはないということか。いやいや、そんなことジョーシキなんだよ、とおっしゃる理系の秀才君もおられるかもしれないが、だったらこれまでの授業や本における説明がよほどヘタだったということだろう。

それで思い出したが、この本が面白いのは「常識」をもって理解を進ませるという、物理学の本としてはある種オキテ破りの方法を使っているところだ。そもそも、熱力学第二法則がなんとなく「分かった気になる」のも、それがわれわれの「常識」とある程度一致しているからだ。言い換えれば、熱力学第二法則の理解には、ロジックだけではなく「常識」が味方してくれるのだ。

そのへんは相対性理論量子力学と全然違う。これらの理論がやっかいであり、また面白いのは、それがわれわれの常識をはるかに超える世界を提示するものだからだ。いわば、常識とは異なる「真実の世界」を意外なカタチで明らかにしてくれる分野なのだ。それに対して、この熱力学第二法則は、そういう意味での派手な面白みは薄い。しかし、「常識」で了解可能なことがらが、そのまま宇宙を貫くひとつの巨大な法則となっていることには、また別種の凄みを感じる。

この本はたぶん、ある程度熱力学やエントロピーを知っている人にとっては、ずいぶんもどかしい本なのだろうな、という気がする。論理をどんどん積み重ねて先へ先へと進むのではなく、繰り返しをいとわず、同じような実験の積み重ねをいとわず、常に前に戻って確認に確認を重ねた上で前に進む。その「反復」がまた、初心者にはたいへんありがたい。訳がわかりにくいという意見もあるようだが、私はほとんど違和感を感じなかった。ただ、本書が「部分訳」であるらしいのはちょっとがっかり。できれば全体を日本語で読んでみたかった。