自治体職員の読書ノート

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【978冊目】ナン・リン『ソーシャル・キャピタル』

ソーシャル・キャピタル―社会構造と行為の理論

ソーシャル・キャピタル―社会構造と行為の理論

表題はカタカナで「ソーシャル・キャピタル」だが、本文中では訳語の「社会関係資本」で統一されているので、ここでもそちらを使う。

さて、「社会関係資本」とは何か。この読書ノートでもパットナムの著作などを紹介する際に取り上げてきたが、実はその定義は完全に一様ではない(おおよその意味合いは一緒だが、定義となると学者によって微妙なニュアンスの違いが出てくる)。ちなみに本書では、「目的的行為によってアクセス・動員される社会構造に埋め込まれた資源」(p.52)とされている。

大まかに言ってしまうと、ふつう資源とか資本と呼ばれるものは物とか人に付随していることが多いが、社会関係資本はモノや人の「あいだ」にあるものである。社会的なネットワーク、人と人とのつながりの中に見い出される一種の概念と言ってもよい。社会の「質」を決定するきわめて重要なコンセプトであるが、その実態はまだまだ解明されたとはいいがたい。本書はその解明の道筋を一歩進めるものといえる。

社会関係資本を論ずる際のスタンスとしては、「個人財」として社会関係資本をとらえる見方と、「集団財」としての見方があるという。パットナムなどは後者であり、イタリアの州アメリカの共同体などの「集団」の特性を分析する際に、社会関係資本をカギとして使った。一方、本書のスタンスは「個人」のほうに軸足が置かれており、社会や組織の内部にいる個々の人間にとって社会関係資本がもつ意味合いや意義が、本書では論じられている。

本書の議論自体は、社会学の方法論を用いて実証的に積み重ねられたもの。社会関係資本そのものを正面からとらえる研究もあれば、それが埋め込まれている社会ネットワークの研究もあり、組織特性、組織中の個人の「地位」と「位置」との関係、社会関係資本の不平等の問題、サイバーネットワークと社会関係資本の関係など、扱われているテーマも多岐にわたる。興味深いと思ったのは本書に紹介されているグラノヴェターの研究で(以前読んだ『リーディングスネットワーク論』にも所収)、社会における紐帯が強ければ強いほど内部のつながりは強まる(したがって、内部における社会関係資本は増強される)が、一方で、社会の辺縁にあって紐帯が弱い人は、他の社会や組織とのつながりを持ちやすく(したがって、内部における社会関係資本は少ないが、外部に対する社会関係資本は多い)、そうした人が異なる社会との「ブリッジ」を形成するという議論。そう、社会関係資本とは社会の内部だけにあるのではなく、その外部にも延びているものなのだ。

確かに、組織の内部にどっぷり漬かっている人は、内部のつながりは強固だが外部との付き合いはあまり多くないということがよくある。むしろ、社会のアウトサイダー的な存在が、当の社会からは疎まれるかもしれないが、外部とのつながりをもち、そこから重要なメリットを引き出してくる可能性もあるといえる。単純に一般化はできないかもしれないが、共同体にも組織にも、外部とのインフォーマルな「ブリッジ」となれる人間は必ず存在しているはずであり、得てしてそういう人は、その社会にはあまり「なじまない」人が多いように思う。しかし、社会関係資本の理論から考えれば、そうした人にはそうした人の役割というのがある、ということになる。組織が「協調を乱す」アウトサイダーを排除するのは日本ばかりではないらしいが、むしろそれは組織のためにならないというべきであろう。