自治体職員の読書ノート

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【955冊目】シンシア・スミス『世界を変えるデザイン』

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある

たかがデザイン、されどデザイン。デザイナーたちが相手にしてこなかった「90%」の人々こそ、真のデザインを求めている。

本書の原題は「Design for the other 90%」つまり「残り90%(の人々)のためのデザイン」。この「90%」とは、世界の大半を占める貧困層。一方、残る「10%」は、いわゆる先進国の富裕層だ。これまでのデザインは、ほとんどがこの「10%」に向けられていた。最新式の車や家、パソコン、テレビ……。しかし、本当のデザインの力が発揮されるのは、実は「90%」のほうなのだ。

その理由は単純だ。デザインとは単なる見栄えの問題だけではなく、すぐれたデザインは「機能」を伴うからだ。たとえば、本書で紹介されている、ドーナツ型の水容器「Qドラム」。これは文字どおり、水を入れる容器の形状を真ん中に穴の開いたドーナツ状にしたというだけのことなのだが、このことによって、実は途上国の女性たちが過酷な水汲みから解放されることになった。

それまで彼女らは(水汲みは女性の仕事になることが多い)、集落からずっと離れた水源に水を汲みに行き、それを大きな甕などに入れて頭の上などに乗せて運んでいた。そのため、一度にたくさん運ぶことができず何度も集落と水源を往復することになり、しかも重い甕を頭に乗せることで機能障害を負うことも多かった。

それを一発で解決したのが、このQドラム。水をこれに入れ、ドーナツの「穴」の部分に紐を通して転がして運ぶのだ。もちろん食料や燃料などにも使える。こうすれば、重い甕を運ぶ必要がなくなり、水汲みは子どもでもできる仕事になる(しかもたくさん一度に入るので、何度も水汲みにいかなくてよい)。女性は別の生産活動に携わることができ、それがひいては世帯の収入を増やし、貧困からの脱出につながるのだ。

本書にはこの種の「デザインの力」の実例がぎっしり詰まっている。そのほとんどがシンプルで安価、しかも使いやすい。壷を二重にして間に砂と土を詰めることで食物を長期間保存したり、ポンプを足踏み式にして給水をやりやすくしたり、ソーラーパネルを裏側につけて電源のないところでも難聴者が補聴器を使えるようにしたり……。どれもまさにコロンブスの卵。こういうのを見ていると、ちょっとの見栄えの違いにしのぎを削る車やケータイのデザインが馬鹿らしくなってくる。

ただし、本書は単なる「貧困層向けデザインのカタログ」ではない。むしろ、こうしたアプローチを通して、途上国援助の方法論を厳しく問うものとなっている。そのポイントは、持続可能であること(補助金や無償援助では長続きしない)、金銭そのものではなく、「お金を稼ぐ方法」を提示するものであること、そして安価であること。つまり、慈善や施しではなく、ビジネスとして成り立つことが大前提なのだ。ムハマド・ユヌスグラミン銀行を思い出した。

そして、ビジネスとして成り立つものであれば、一つ一つの利益は薄くとも十分な収益が見込めるのが、この種のビジネスの特徴だ。なぜなら対象となるマーケットは世界人口の90%、なのだから。ちなみにこうしたビジネスは「BOPビジネス」と呼ばれるらしい。BOPとは「Bottom Of the Pyramid」つまり富裕層を頂点とするピラミッドの最底辺のこと。そして、世界の貧困対策をこうした視点で捉えることは、福祉を含めた国内の貧困層へのアプローチを考える際にも、たいへん有益だと思う。人間の可能性を信じられ、勇気と、そしてたくさんの示唆を与えてくれる一冊。