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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【828冊目】池井戸潤『鉄の骨』

組織・仕事・公務員

鉄の骨

鉄の骨

前代未聞の「談合小説」。

主人公の平太は中堅ゼネコン、一松組の若手社員。現場勤務のはずが突然、社内の「業務課」に異動。そこは通称「談合課」。公共事業の談合をめぐる、奮闘と葛藤の絡み合いが始まる……。

談合が悪いことだとは誰もがわかっている。「悪い」どころか立派な違法行為だ。とはいうものの、そうと分かっていながら「止められない」のが談合の厄介なところ。本書はマスコミのように表面だけなぞって談合バッシングをするのではなく、小説の筋書きの中に、「談合」をめぐる欺瞞と矛盾と堕落と癒着を見事に織り込み、その一筋縄ではいかない事情を徹底的に暴きだした。まずその点に、感服した。

しかも小説として、本書は実によくできている。主人公に「現場一筋」の若者を置き、先輩の西田、課長の兼松、常務の尾形と、それぞれに存在感のある脇役がどっしりと周囲を固める。そして、それ以上に強烈で魅力的なのが、土木建築業界の「天皇」と呼ばれるフィクサーの三橋。政治家のいわば「手駒」として談合の「調整」を行うこの老人を、著者は単なる悪役としてではなく、実に深みのある存在に仕立て上げた。

実は、この人の小説を読むのはずいぶん久しぶり。乱歩賞を受賞した『果つる底なき』は、銀行という組織を舞台に据え、その内幕をリアルに描いたミステリであった。それなりに面白かったが、続けて読もうという気にはならず、名前だけはちらちら目に入っても放置してきたのだが……う〜ん、これほどの作家に育っているとは知らなんだ。これまで読まなかったのが悔やまれる。それほどの出来栄えだ。

さらに、本書は単に「談合」という社会悪をあぶりだしただけではない。談合が悪いことだと分かっていても手を染める者が後を絶たないのは、彼らが「組織の一員」だからである。現に平太も、最初は自分の仕事に疑問をもっていても、あっという間に説得され、染め上げられ、会社を「代表」して談合の擁護をするようになってしまう。そんな「組織の中の個人」に焦点を当てて、その生き方を問い直すことこそ、実は本書の「裏テーマ」であると思う。そのことを象徴的に表していると思う、三橋のセリフを引用しておく。「サラリーマンは代わりのきく部品みたいなものですか?」と問うた平太に「部品そのものさ」と答えた三橋は、こう続けるのだ。

「私だって部品だ。お前もな。だけど単なる部品じゃない。部品といえるのは、仕事という目的に限っての話であって、同時に私たちは人間だ。サラリーマンである以前に人間なんだ。そこが大事だ、平太」

「人間であることを忘れたサラリーマンはつまらない部品になってしまう。部品から人間に戻れなくなった者にとって、人生はただ不毛な瓦礫だ。そしてそういう部品は往々にして腐る。ネジを想像してみるといい。巨大な鉄橋はネジという部品で支えられる。そのネジが腐ってしまったら、はたしてどうなるか。実は、この世の中で、規格通りの部品であり続けることは意外に難しい。その規格に満足できない部品は抜けてしまうし、逆に与えられた規格を誤解した部品は、本来の機能を果たさなくなる」

役所の契約・土木・公共事業担当者必読。ゼネコン関係者必読……もっとも、知っていることばかりかもしれないが。