自治体職員の読書ノート

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【766冊目】小泉雅弘『下町の学芸員奮闘記』

下町の学芸員奮闘記―文化財行政と生涯学習の最前線

下町の学芸員奮闘記―文化財行政と生涯学習の最前線

著者は元・江東区文化財専門員。ということは、数年間にわたって同じ建物の中で働いていたことになるのだが、部署が違うこともあってお名前すら存じあげなかった。だが、本書で書かれた江東区の歴史や文化についてはさすがになじみがあり、文化財保護や生涯学習の現状についてもそれなりの「見当」がつく話であったため、ずいぶん読みやすかった。

もっとも、本書のテーマである文化財保護や自治体の文化・教育行政はどの自治体にも関係することであり、専門員でなくとも、自治体職員であれば知っておいて損はない。文化財の保護や活用は、担当者のみならず周囲(特に財政や人事部門)の「見識」が相当程度求められる分野なのだが、その割に、たとえば福祉や環境、学校教育等と比べると、あまり重要性が認識されておらず、自治体行政の「盲点」になりやすいところなのだ。高い専門性が求められることが、一種の閉鎖性として、ある意味裏目に出てしまっているのかもしれない。そうした中で、本職の学芸員が現場の経験を踏まえて書いた本書のような本は貴重だ。

だいたい、ある自治体で勤務する以上、その自治体をとりまく環境、特にその歴史や文化は、絶対に知っておくべきである。勤務先の自治体に生まれ育っている人でも、そこの歴史・文化は案外知らないものだ。だが、地方自治地方分権の時代にあって、その地域の個性や特色を踏まえて地域をデザインすべきところ、そもそもその地域の歴史も文化も知らないで、自分の自治体の個性も特色もあったものではない。これはすべての自治体職員にとって「必修科目」である。

そして、文化財保護や文化学習は、職員のみで行うものではない。本書のもうひとつの眼目は、この点について、江東区における文化財保護推進協力員制度を詳細に取り上げていること。これは区民の方によって構成され、地域住民の手による文化財保護を実践するもの。行政との連携のもと、地域の宝を地域で守り、地域が伝えるという、まさに地域・行政のパートナーシップの典型である。もっとも、本書でも指摘されているとおり、こうした制度を運営する場合、「行政が地域住民を『安上がりに』使う」という一方的関係にならないように気をつけなければならない。江東区でもいろいろ試行錯誤を繰り返しており、まだまだ課題は少なくないようだ。

最後に、本書でひとつ残念だったのは、「日本社会の病理性と教育問題」と題した第4章1の部分。他の部分では現場の経験や学芸員としての専門性を踏まえた、地に足のついた議論が展開されていたのに、ここだけは、著者が「にわか評論家」になってしまい、ステレオタイプで生煮えの社会評論が延々と続く。正直な感想を言えば、この部分はいらなかった。誰かが書いているような教育論や社会論をここで開陳する意味が、どれほどあるというのだろうか。