自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【751冊目】鴨長明『方丈記』

方丈記―付現代語訳 (角川ソフィア文庫 (SP34))

方丈記―付現代語訳 (角川ソフィア文庫 (SP34))

高校の古文の授業以来、断片的に触れる機会はなくもなかったが、しっかりと通読したのは初めて。

非常に短い文章である。無駄がなく、余白と余韻が効いている。文字が少ない分、省略された部分の濃密さが背後に漂っている。それだけでなく、ひとつの「作品」としての結構がかなりしっかりしており、世の中の乱れ方を憂える前半と、出家遁世して山中に庵を結ぶ後半が自然な流れでつながっている。

前半の描写はなかなかすさまじい。大火や大風、飢饉地震と、人間の栄華も権勢も一瞬で吹き飛ばすような自然の猛威と、その影響をうけてなすがままとなる人々の姿が強烈に描かれる。特に飢饉と疫病に見舞われた京の町の、死屍累々たる描写はすさまじい。

…かくわびしれたるものどもの、歩くかと見れば、すなはち倒れ伏しぬ。築地のつら、道のほとりに、飢ゑ死ぬるもののたぐひ、数も知らず。取り捨つるわざも知らねば、くさき香世界に満ち満ちて、変りゆくかたち有様、目もあてられぬこと多かり。いはんや、河原などには、馬・車の行き交う道だになし…

(…こんなになった浮浪者たちは、ああ歩いているなと見ていると、いきなりぱたっと倒れてしまうのだ。築地のそばや道ばたで、餓死しているものの数は大したものだ。その死骸を片づけようともしないので、臭気が京都中にいっぱいになり、腐乱していく様子は、あっちもこっちも、とても向けられたもんじゃあない。京都の市街地がこうだから、なおのこと、鴨の河原なんかには、死骸の山で、馬や車の行き来する道もないくらいだ…)

後半は一転して、俗世を捨てて閑居の生活を得た長明の、貧しくも満ち足りた生活ぶりが描かれる。出家したのが50歳ころ、方丈記を書いたのが58歳というから、当時としてはまさに老境のうちの出家遁世だったわけだ。その徹底したシンプル・ライフは、俗世を捨てるような人にとってはまさに生活の理想形であろう。自足、ということばが頭をよぎる。

ひとごとのように書いているが、実は私自身、こういう生き方にはものすごく憧れるものがある。もともと出世や名誉、栄達といった事柄にはあまり意味を見いだせないし、まったくつまらないことだとしか思えない。それより、一人山中で方丈の庵を結び、興が乗れば楽器を奏で歌を口ずさみ、晴耕雨読の生活を送るほうに強烈な魅力を覚える。その上でこのような、遁世文学を代表するような珠玉の作品を残し、歴史に不滅の刻印をなしたのだから、まったくうらやましい人生である。