自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【750冊目】北川正恭『マニフェスト進化論』

マニフェスト進化論―地域から始まる第二の民権運動

マニフェスト進化論―地域から始まる第二の民権運動

頭の中の「棚卸し」にある程度目処がついてきたので、このへんで元通りの読書スタイルに戻ります。自治体がらみ、行政がらみの本を軸に、系読5割、濫読5割くらいのバランスでやっていければと。

さて、ここ最近「マニフェスト」という単語が新聞紙上に踊らない日はない。

もちろんその原因は民主党マニフェストである。子ども手当、高速道路無料化、大型公共事業の見直しなど、「マニフェストに書かれた事業」をやるかどうか、つまり「マニフェストをそのまま実行するか」が議論の焦点になり、それぞれのトピックごとに賛否両論、なかなかの議論の盛り上がりをみせている。

実によいことである。個々の民主党の政策についてここでどうこう言う気はないし、民主党マニフェストがそれほど出来の良いものだとも思わないが(特に歳入面の見通しが甘すぎる)、そもそも個々の政策の是非について、政治家も官僚もマスコミも、これほど真摯に議論したのは初めてではないか。政策について議論する、という当たり前のことが、ようやく我が国でもできるようになってきたのか、という思いである。

もちろんそのベースになっているのがマニフェストである。マニフェストという明確な「叩き台」があったからこそ、ここまで具体的で建設的(すべての議論がそうだというわけではないが)な政策論争が可能になっている。本来、マニフェストとは「そういうもの」である。漠然とした「公約」を、数値目標や期限、財源などのファクターを明示することで「可視化」し、達成できたかどうかが明確に判断できるようにする。判断するのは有権者である。有権者マニフェストを判断材料に、政策本位で投票し、その結果信任された政党がマニフェストを達成できなかったと判断されれば、次の選挙で落とされる。従来の「地盤・看板・カバン」型の選挙に比べると、ドラスティックといえばドラスティックだが、非常にわかりやすい仕組みである。

もちろん、(今民主党が迷っているように)マニフェストを何が何でも守らなければならないというわけではない。事情の変更によって、政策の中身も変えざるをえない場合はある。ただし、その場合は変えた理由とプロセスを明らかにしておかなければならない。したがって情報公開(特に政策決定のプロセスの公開)がこれまで以上に重要になる。マニフェストと情報公開は車の両輪である。

もっとも、こうしたマニフェストの導入は民主党の専売特許でもなんでもない。政党が国政レベルで行うパーティ・マニフェストはイギリスが本家だが、日本ではむしろ、地方の首長や議会によるローカル・マニフェストが先鞭をつけた。特にそのパイオニアとなったのが本書の著者である北川元三重県知事である。北川氏自身がマニフェストを掲げて当選したわけではないが、在任中にさまざまな先駆的な取り組みを進めるうちにマニフェストの有効性に気づき、意欲のある首長候補らにその導入を呼びかけた。その結果、劣勢とみられていた多くの候補がマニフェストを掲げて当選した。先進的な地方では、すでにマニフェストは検証とフィードバックの段階にまで至っている。

本書がユニークなのは、実際にさまざまな選挙で使われ、当選後に実行に移されたマニフェストの中身を掲載している点である。当然ながら、一つとして同じものはない。ある程度似たような項目が出てくるのはやむを得ないが、メリハリや重みづけ、項目の立て方や記載の順序など、首長としての意思と方向性がはっきり見えるものが多い。総花的なマニフェストは何もしないのと同じ、なのである。なお付言すると、自治体職員としても、当選した首長の考え方や価値観、方向性が明瞭に見えていたほうが、各段にやりやすい。