自治体職員の読書ノート

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【409冊目】松岡正剛・茂木健一郎「脳と日本人」

脳と日本人

脳と日本人

最近、著者別のインデックスを作って、ちょっとずつ各記事とリンクを貼る作業をしているのだが、松岡正剛氏の著書がダントツで多いことにびっくりした。そんなに読んでいるとは思っていなかったし、むしろ読んでいない本のほうがはるかに多いのに・・・。

それはともかく、本書はその松岡正剛氏と、気鋭の脳科学者、茂木健一郎氏の対談である。話題は最先端の脳科学から生命の話、科学の話、さらには松岡氏十八番の日本論に及び、コンパクトな分量ながらきわめて話題の幅が広く、また掘り下げが深い。

印象的な部分はいろいろあるのだが、特に「アノマリー」(異質の例外性)の重要性、あるいは「毒」「醜さ」の重要性などに触れている部分が気になった。異質なもの、有害なもの、醜悪なものこそが、どこかで文化や社会の普遍的な何かと触れ合っているという指摘にはどきりとさせられる。異常性こそが発生の契機であり、豊穣の契機であるという不思議な関係。また、都市の中でも一見醜悪な部分が実は重要な機能をもっているという関係。特に後者は、今の日本がそういった都市内のカオス的な「醜さ」をどんどん排除して、フラットでのっぺりした、ある意味「醜さのない醜さ」のようなものが生まれてきているという点で、とても気になるところであった。

また、茂木氏が今の日本での生きにくさ、住みづらさを言い、それに松岡氏が反論するところは、例外的に両者の視点の「奥行き」の差が現れていて面白く読めた。それ以外のところでは、おおむね両者の視点は重なり合っているのだが。「街の中に看板があったり、電柱があったりするのにそれを『無い』ことにしている」ような現代日本で感じる生きづらさを「日本の問題」として振った茂木氏に対して、松岡氏は「日本ってちょっと変だなあ、住みにくいな、でもいいとこもあるな、というような見方の日本には関心ないんです」と言い切る。氏が注目しているのは、むしろその奥(というかその細部)にある、ちょっとしたしぐさやしつらい、あるいは目にみえづらいところに脈々と残る方法論に着目する。なるほど、ありきたりの(養老孟司あたりが書きそうな)現代日本批判と、松岡正剛氏の日本論の違いはこのあたりにあるのか、と思わせられた。

ほかにも、茂木氏の抱えている科学者としての桎梏についても、そこから解き放たれたいという願望と、そこに自分の立ち位置を求める意思がぶつかりあっていて、そこは茂木氏の悩みを感じた。そこを超克できるともっと変幻自在な「仙人」のようになるのかもしれないが・・・・・・。