自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1291冊目】ジョーゼフ・キャンベル『神話の力』

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

神話学の大家キャンベルといえば、かの『スター・ウォーズ』のネタ元である、英雄伝説の基本構造を明らかにした『千の顔をもつ英雄』のほうが有名か。本書はそのキャンベルの、最晩年のインタビューをまとめた一冊。

聴き手となったビル・モイヤーズの「質問力」がまず素晴らしい。かつて大統領報道官も務めたことのある一級のジャーナリストらしいが、その知識の広さと深さ、キャンベルの著作の読み込み方、そして卓越した理解力と臨機応変の質問の組み立てによって、ひょっとするとキャンベル自身の著作以上に、その底知れない「知識」と「知恵」を引き出している。

そんな名インタビュアーを得て繰り出されるキャンベルの発言は、学者というより「賢者」のレベル。神話や英雄伝説に関する語りが、いつの間にか愛や結婚、あるいは人生の目的、人間の生き方といった身近なテーマに及ぶ。しかもその一言一言が、神話という人類の知恵のカタマリのようなところから発しているから、どれも深い。分かりやすい表現ながら、心の奥にスッと届く。

ところで、そもそも神話とは何なのか。キャンベルは言う。

「神話は人間の内に潜んでいる精神的な可能性の隠喩です。そして、私たちの生命に活気を注いでいる力と全く同じものが世界の生命にも活気を与えているのです」(p.78)

したがって、神話的な観点から見れば、神を媒介にして、「私」と「世界」はひとつながりのものとして存在する。主体と客体、自分と他人といった二元論ではなく、もはや「私」こそが「神」であり「世界」である、ということになる。言うまでもなく、これはキリスト教的というより仏教的な視点、思想に近い。本書では仏教に多くの言及がなされており、著者が仏教に強いシンパシーを感じていることがわかる。

「究極的なものは、それがなんであれ、存在と非存在というカテゴリーを超えている」(p.149)とキャンベルは言う。それは究極的であるがゆえに、言葉で表すことができない。しかし、神話という形をとって語ることで、私たちはその究極に最も肉薄することができるのだ(キャンベル自身は「神話は究極の真理の一歩手前の真理」と言っている)。神話とは、いわば究極の存在学、あるいは存在論でもあるといえるのかもしれない。

そう考えると、神話にありとあらゆる「人生の真理」「世界の真理」が詰まっているのも、当然なのかもしれない。そして、だからこそ神話においては、世界中で似たようなエピソード、似たような教訓が語られているワケだ。死んだ夫(妻)を追って冥界におもむく話、ヘビを生命のシンボルとして聖視する発想(それが「逆転」したのが「エデンの園」のエピソード)、そして冒頭にも書いた、世界中に共通する「英雄伝説の基本構造」。それは神話の枠を飛び出し、映画館のスクリーンでわたしたちに壮大な「隠喩」を提供しているのだ。

したがって、本書は神話をテーマとした究極の「人生論」であり「存在論」であり「世界解読の書」でもある。汲めども尽きぬ神話の魅力と底力を、思い知らされる一冊。

千の顔をもつ英雄〈上〉 千の顔をもつ英雄〈下〉 スター・ウォーズ トリロジー DVD-BOX