【1171冊目】『百年文庫5 音』

- 作者: 幸田文,川口松太郎,高浜虚子
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2010/10/13
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「音」にまつわる3つの短編。といっても、音そのものをダイレクトに扱っているものはない。むしろ、音にまつわる風景、音にまつわる心情のようなものが綴られている。
○幸田文「台所のおと」
料理屋の亭主だった佐吉が病気で寝込んでいるところに、妻のあきが台所でたてる音が聞こえてくる、というシーンから始まる。いろいろな過去を抱え、それでも今の生活をいとおしむ二人の微妙な心情が、精緻な織物のような仕立てで綴られた一篇。台所であきが立てる音を聞いて、佐吉がその心情を推し量るあたりの「仕上げ」がうまい。
○川口松太郎「深川の鈴」
小説家になりたい「私」と、それをあきらめさせようと、洲崎の寿司屋を仕切る「お糸」に縁づけようとする師匠。その思惑どおり「私」はお糸に夢中になるのだが、小説家として売れ出したことが、かえって二人を遠ざけることに・・・。深川を舞台に、著者自身の思い出を綴った自伝的小説。夢が叶うことが、恋をあきらめることにつながってしまう切なさが胸を打つ。
○高浜虚子「斑鳩物語」
奈良を訪ねた「余」と、宿で出会った「お道」という娘の、出会いともいえないようなほのかな出会いを綴った一篇。筋書きというほどの筋書きもなく、旅先のわずかな思い出を写真のように切り取った印象で、心に残るというよりも、すうっと心を通り抜けていったようだった。これを「音」に収録したのは、渋かった。