【294冊目】ポール・オースター「偶然の音楽」

- 作者: ポールオースター,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2001/11/28
- メディア: 文庫
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主人公ナッシュの自暴自棄で虚無的な内面が印象的。莫大な遺産を相続しつつ、それをわざわざ食い潰すためにあてどのない旅に出たり、たまたま拾った自称プロのギャンブラー、ポッツィに、わずかに残った財産を預けて大金持ちとのポーカー勝負に臨んだりと、破れかぶれで行き当たりばったりの行動ばかり。その結果は、その変わり者の大金持ちとの勝負に負けて借金を背負い、それを返すために二人で働くことになる。それも、ほとんど大金持ちの自己満足だけのために、ただひたすら石を積み上げて壁を築くという奇妙な労働である。
この小説の中心となっているのが、この、重い石を重ねてただ「壁を築く」労働という、二人の置かれたシュールな極限状況である。そして、その中で相棒のポッツィは次第に精神に変調を来たし、ナッシュも平静を保とうとしつつ次第におかしくなっていく。見張り役となっているマークスやその息子のフロイドも異様な存在感がある。ナッシュの精神の変調と、不気味なほど冷静沈着なマークスの姿が奇怪なコントラストをなしている。
ストーリーテリングの上手さや心理描写の的確さはさすがオースター。息苦しさを覚えるほど閉塞的な状況ながら、次が気になって読むのがやめられなくなる。それと、どこかでタイトルとも結びついているのだろうが、ナッシュと音楽のかかわりがよく出てくるのが印象に残った。車の中で「バッハやモーツァルト、ヴェルディ」を大音量でかけ、賛美歌を歌い、ピアノを弾く(隔離されて壁作りの労働をする合間にも電子ピアノを求めるくらいである)。投げやりで自棄的な性格のナッシュにとって、音楽はその精神の平衡を保ち、なんというか、一種の救いとなっているのかもしれない。