自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2485冊目】井村雅代『シンクロの鬼と呼ばれて』

 

シンクロの鬼と呼ばれて (新潮文庫)

シンクロの鬼と呼ばれて (新潮文庫)

 

 

日本で6大会、中国で2大会、そしてふたたび日本で1大会。著者は、なんと9回のオリンピックでシンクロ選手にメダルを取らせてきた「メダル請負人」である。本書はその舞台裏を、みずから克明に語った一冊。中国に行った理由、なぜ選手をギリギリまで追い込むか、そしてなぜ日本チームに戻ってきたか。その理由はすべて本書に書かれている。世界のトップレベルで戦うとはどういうことかという、その極限のせめぎ合いが、これまで読んだことのないくらい詳細に書かれていて、メダルを取る人たちだけが知るはずの、未知の世界を垣間見ることができる。

読んで思ったのは、この人は一種の職人だ、ということだ。一人一人の選手の技術から性格までをすべて掌握し、あたかも芸術品を仕上げるように、本番に向けて選手の状態を仕上げていく。その姿勢には、ある意味無駄なものがまったくない。井村は人を「プロの選手」に作り上げる名職人なのだ。

それにしても、井村のような突出した異能を扱うことが、この国の指導層やマスコミは本当にへたくそだ。「年齢オーバー」を理由にコーチから追放しておいて、中国に行くことになるとボロクソに叩き、そのくせ日本が低迷し、オリンピック出場が危ぶまれると声をかける。それも過去の過ちを素直に詫びればまだよいが、なんと交渉に来たうちの一人はこう言ったという。「あなたが中国に行ったときは、いろいろ思うところがありました。でも、そんなこと言ってる場合じゃなくなった。どうしても帰って貰わなきゃならないんだ」一方的に追い出しておいて、これはなんたる言い草か。

思うに、こうした才能を活用するには、ひとつしか方法はないのである。それは、すべて任せ、必要なものはすべて供給し、余計な口は一切挟まないこと。それができるだけの覚悟と胆力が、立場の高いオッサンたちに足りないから、優秀な日本人ほどどんどん海外に出てしまうのだ。