自治体職員の読書ノート

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【2098冊目】ジュディ・バドニッツ『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』

 

元気で大きいアメリカの赤ちゃん

元気で大きいアメリカの赤ちゃん

 

 



短編集。「わたしたちの来たところ」「流す」「ナディア」「来訪者」「顔」「奇跡」「セールス」「象と少年」「水のなか」「優しい切断」「備え」「母たちの島」が収められている。

現実と幻想が交錯するシュールな作品から、痛烈な批評精神とユーモアに彩られた一篇まで。切れ味鋭く、それでいて奇妙な読後感の残る作品ばかり。特に、妊娠や出産がこれほどよく出てくる短編集は珍しい。赤ちゃんという「自分であって自分でない」存在の不可思議さが、体感レベルで感じられる。

「わたしたちの来たところ」では、生まれてくる子供にアメリカの市民権を得させようと、何度もアメリカに密入国しようとする女性が描かれる。その間、なんと4年。生まれてすぐに「自分の権利」を主張する赤ちゃんを見て、医者はつぶやく。「これぞまさに”元気で大きいアメリカの赤ちゃん”というやつだな」

「奇跡」は、白人夫婦の間に真っ黒な赤ん坊が生まれる話だ。黒人の男が他にいるのではないかと疑う夫と、驚きながらも子供を愛する妻のすれ違いが、びっくりするような結末に至る。だがいつだって、父にとって赤ん坊はどこかしら「異物」なのだし、母にとっては疑う余地のない絶対的な対象なのだ。

ディストピア的な「顔」や「備え」の不気味さ、悪意と差別を子どもの目から描いた「ナディア」「水のなか」や、慈善という名の偽善を体現するような女性が出てくる「象と少年」の後味の悪さ、セールスマンを檻で飼う「セールス」のシュールさと、繰り出される世界は多様多彩ながら、どこか相通じるものを感じる。

その正体が何なのかを言葉にすることは難しいが、あえて言えばそれは、現実が実はシュールなものであり、この社会こそがディストピアであり、人の悪意が普遍的なものであるという「実感」なのではなかろうか。その微妙な感覚は、日本でいえば村田沙耶香あたりが近いかもしれないが、多芸さと底の深さはバドニッツのほうが一枚上か。今度はこの人が書く、バリバリの近未来ディストピア小説を読んでみたい。