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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2007冊目】池波正太郎『卜伝最後の旅』

 

卜伝最後の旅 (角川文庫 い 8-16)

卜伝最後の旅 (角川文庫 い 8-16)

 

 



短編集。表題作のほか「南部鬼屋敷」「権臣二千石」「深川猿子橋」「北海の男」「剣客山田又蔵従軍」を収める。

どの作品も、読ませる。どちらかというと淡々と話が進むのだが、その中での自在な緩急が効いている。派手さはないがじわりと伝わってくる何かがある。

登場する主人公の大方がどこか透徹しているように見えるのは、死というものを常に脇に置いて生きているからか。実際、彼らのあっさりした生きざまは、死にざまの見事さと表裏一体。言い換えれば、自らの死に時を見極めているから、生きることを貫徹できるのだ。

特に印象的だったのは「南部鬼屋敷」の主人公、目付の八右衛門だ。周囲にうとまれながらも「鬼目付」として生きた八右衛門は、寵を受けた主君を失っても追腹を切らず、臆病者呼ばわりをされる。どんな誹謗にも平然としていた八右衛門は、藩の浪費があらたまり、倹約が習慣として定着したことを見届けた4年後、妻と家臣に「明日は、死ぬるぞ」と平然と告げるのである。一切の私心なく務めを行った八右衛門は、切腹の理由にさえも私心を排するのだ。39歳の死であった。

それと対照的なのが、次の「権臣二千石」の小栗将監である。有能な家臣でありつつ汚職で懐を肥やす将監は、私心の塊のような男だ。だがそれも現藩主が存命であればの話。藩主の体調に一喜一憂し、つまらない陰謀をめぐらせては胃を痛めている。それを「排便」の場面で切り取って表現しているのが、おもしろい。

著者の「旨味」を凝縮したような、上出来の時代小説集である。「鬼平」とはまた違った著者の顔を楽しめる一冊だ。