自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1989冊目】湯川秀樹『本の中の世界』

 

本の中の世界 (岩波新書)

本の中の世界 (岩波新書)

 

 

湯川秀樹といえば、日本人初のノーベル物理学賞受賞者、中間子理論の第一人者である。今でいう「理系」のトップ中のトップだが、その読書遍歴を辿った本書の目次をみると、意外きわまる書名が並ぶ。

トップバッターがなんと「荘子」で、さらに「墨子」「文章軌範」を経て「唐詩選」と、中国の古典がずらりと並ぶ。ちなみに「文章軌範」とは、中国古典の名文を集めたお手本集のようなものらしい。

日本のものも「近松浄瑠璃」「山家集」に「源氏物語」など古典名作のオンパレード。西洋に目を転じると、最初がなんと「エピクロス」で、「エラスムス」「カラマーゾフの兄弟」などが並ぶ。こちらは「ラッセル放談録」にアインシュタイン「わが世界観」なども入っていて、少しはそれっぽい感じもあるが、とにかく文系理系で分ければ圧倒的に文系読書なのである。

だが、それが単なる趣味的な読書なのではなく、どこかで物理学と通じてくるのがおもしろい。例えば最初の「荘子」では、目鼻をあけられて死んでしまった渾沌の寓話で、穴をあけた帝王たちを「素粒子みたいなもの」と言い、源氏物語では、物質的世界の明確さを追求する近代科学が「その先に不明確なものがある」ことを前提としているのに対して、紫式部が描いた世界は「明暗が逆になっている」「この逆転によって、比類のない美しい世界を創造しうる」と指摘する。こんな源氏論、湯川秀樹以外に読んだことがない。

こういう本を読むと、文系理系の違いをあげつらうことがバカバカしくなってくる。言うまでもなく、両者は深いところでしっかりとつながっているのである。そのことは湯川秀樹のみならず、ラッセルやアインシュタイン、あるいは寺田寅彦岡潔あたりを覗けば、たちどころにわかることなのだ。