自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【702冊目】『ちくま日本文学001 内田百間』(「間」の「日」は「月」)

内田百けん (ちくま日本文学 1)

内田百けん (ちくま日本文学 1)

内田百間の膨大な作品からの絶妙なセレクション。幻想的な短編と、随筆の名人芸が両方たのしめるお得な一冊。

前半に、独特の幻想味をもつ奇妙な小説を収める。いずれも、どこまでが現実でどこからが夢マボロシなのか判然としない、まるで悪い夢を見ているかのような読み心地。われにかえったと思った瞬間にぷつりと途切れるところも、どことなく夢臭い。特に印象的だったのは、自分自身が人頭牛身の化け物になっているというまさに悪夢のシチュエーションの「件(くだん)」、兄と名乗る奇妙な道連れとの不気味なやりとりを描いた「道連」、狐に化かされるという古典的なシチュエーションをつかった絶妙の怪奇短編「短夜」などだろうか。

後半は一転して、さりげない普段の生活や思考を書いた随筆が並ぶ。これがまた「百鬼園随筆」で鳴らすだけあって、どれもおそろしく面白い。普段の一日の生活、借金をめぐるせせこましい話など、なんということもない平々凡々なテーマなのに、読み始めると止まらないのが不思議である。特に圧巻は、食糧難の戦時中にあってひたすら食べたいものの名前を列挙した「餓鬼道肴蔬日録」。何が圧巻かといって、食べ物の名前を並べただけの一見単調なリストが、なんと「読書」できるのだ。ひとえに配列の妙なのだろう。似たような料理を続けてはちょっとひねってみたり、著者流のこだわりをちょいとのぞかせてみたり、適当に並べたように見えて実によくできている。まさしく名人芸、百間マジックである。

それにしても、小説と随筆でこれほど特徴が違って、しかもそれぞれに離れがたい魅力があるというのが凄いところだ。名手、という言葉がまさしくぴったりの作品が並ぶ一冊である。