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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1810冊目】つかこうへい『蒲田行進曲』

せつなさ・いとおしさ・なつかしさ

蒲田行進曲―つかこうへい演劇館 (光文社文庫)

蒲田行進曲―つかこうへい演劇館 (光文社文庫)

映画本8冊目。

昨日紹介した『あかんやつら』の世界を地で行く、東映京都撮影所が舞台のドラマ。小夏をめぐるロマンスと言われることもあるが、私はむしろ、大部屋役者のヤスの、強烈な魅力を放つスター「銀ちゃん」への屈折した思いをせつなく描いたほろ苦い人間ドラマと読んだ。

なんといっても構成がすばらしい。銀ちゃんこと倉岡銀四郎のまばゆさに魅了され、殴られてもけられてもついていくヤス、銀ちゃんの子を妊娠したもののヤスに「押しつけられ」結婚するヒロイン小夏の3人を軸に、下手すれば半身不随という「階段落ち」のクライマックスシーンへと一挙に収斂させていく手際は見事。

ヤスは、小夏のお腹にいるのが銀四郎の子と知りつつ、そのお産の費用を稼ぐために危険な階段落ちに挑戦する。それも小夏への愛というより、慕ってならない「銀ちゃん」のためなのだ。一方の銀ちゃんは、いったんは小夏をヤスに押しつけておきながら、後からヨリを戻そうと小夏に言い寄る。だが小夏のほうは、日吉で会ったヤスの家族を思い出して、銀四郎へ指輪を返すのだ。

一方のヤスは、とにかく銀四郎にしたい放題されても、最後まで「銀ちゃん」を慕い続ける。だが一方で、横暴な振る舞いだけはだんだん銀四郎に似てきてしまい、もともとスターとしての魅力には乏しいだけに、かえって周りにうとまれてしまうのだ。なんとも切ない話であるが、それがこの物語の一番の味わいになっている。

「ほんとうに俺が銀ちゃんに殴られると、迫力のあるいい映画が撮れるんだよね。銀ちゃんも殴り殺す気でやってくれるし、俺だって殺されるんじゃないかって、何度も錯覚することもあったよ。一緒に組んで、俺のカットがボツにされたことってなかったね。俺のカットっていったって、俺なんか映ってなくて銀ちゃんのアップなんだけど……。
 でもね、俺はこれでいいんだって納得してんだよ。バキーッと殴られて、そりゃ痛いよ。だけど心ん中に『蒲田行進曲』のメロディ流してさ、「ウッ」とふんばるんだ。昔咲いた花の蒲田の、大部屋の心意気を俺一人で汲んでるつもりだよ」


描かれているのは、スターシステム全盛期の、何でもありの無法地帯、東映京都撮影所。映画化にあたっては角川春樹東映に持ちこんだものの岡田茂が断り、松竹で映画化、しかし深作欣二が監督して東映京都撮影所で撮影することになったという「いわくつき」の話でもある。ややこしい。

だがややこしいと言えば、そもそも本書だって『蒲田行進曲』とタイトリングされているが、舞台は松竹系の蒲田撮影所じゃなく東映京都撮影所なのだ。本書にいう「蒲田行進曲」とは、ヤスや銀ちゃん、小夏たちの心意気、心映えそのものなのである。