自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1811冊目】野副正行『ゴジラで負けてスパイダーマンで勝つ』

ゴジラで負けてスパイダーマンで勝つ: わがソニー・ピクチャーズ再生記

ゴジラで負けてスパイダーマンで勝つ: わがソニー・ピクチャーズ再生記

映画本9冊目。ちなみに1809冊目に続き、これもkei-zuさんリコメンドの一冊。

映画についてはまったくの「門外漢」だった著者が、ハリウッド最下位だったソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(SPE)を立て直すまでの日々を綴った一冊だ。

ここのところ読んできた「東映京都」の、しかもバリバリの現場の空気とはまるで違う、ハリウッドの「経営側」の視点で書かれた一冊。ドンブリ勘定を改革して「数値化」と「可視化」を徹底し、制作に劣らぬエネルギーを宣伝に注ぎ込み、一作単位から大小取り混ぜた「ポートフォリオ」で、リスクヘッジしながら作品のバランスをとっていく。地べたを這うような「制作側」の視点もエキサイティングだが、「経営側」の視点から見る映画産業は、また違った面白さがある。

たとえば、ハリウッド映画にシリーズ物が多いのはなぜか。SFコメディー『メン・イン・ブラック』が、スピルバーグと「バットマン」シリーズを向こうに回してトップを獲った理由。タイトルにもあるように『GODZILLA』(1998年公開のやつ)はなぜ大コケしたか……

特に『スパイダーマン』をめぐるやりとりは、さすがハリウッド、と思わせる生々しいものだった。もともとはなんと「007」の企画があったのだ。「サンダーボール作戦」のリメイクをめぐる「007」本家MGM/UAとの訴訟を抱えた著者らは、解決策を求めて奔走する中で、「スパイダーマン」の「テレビドラマ化権」がMGM/UAに、「映画化権」がSPEにあることに思い至る(それにしても、なんでこんなややこしいことになったんだろう)。

結局、SPEはMGM/UAに「007」を譲る代わりに「スパイダーマン」をめぐる包括的な権利を取得し、それまでホラー系映画が多かったサム・ライミを監督として起用、SPEのドル箱となる大ヒット・シリーズを誕生させたのだ。

こんな感じで、本書は映画産業の裏話としても面白いが、なんといっても(著者自身が意図したとおり)グローバル・ビジネスの流儀を描いたビジネス書として一級である。「数値化」「可視化」と「映画への情熱」「挑戦するエネルギー」の「クール」「ホット」のバランス、決断のスピード、タフな交渉力、失敗から学ぶ姿勢。だが、私が一番印象に残ったのは、著者がSPEに単身乗り込む前に、当時ソニーの会長だった大賀氏がかけた言葉だった。

「エンタテインメント業界が、これまで見てきたエレクトロニクス業界とはまったく異なることを、あなたは実感するだろう。もうひとつの難しい点は、あなたは”本社から送り込まれた素人”と見られることだ。その中で、どうやっていくかを教えてあげよう。どんな時でも、笑顔を忘れるな。困った時、怒りたくなった時、辛い時、すべて、皆の顔を見て、笑顔を見せなさい。それができれば、あなたは生き残れる」


曖昧なジャパニーズ・スマイルを見せろというのではない。言うべきは言い、なすべきはなすことは前提だ。その上で、大賀元会長はこう言ったのだろう。実際に著者がハリウッドで「笑って」いたかどうかはわからないが、見事に生き残ったのはまぎれもない事実である。

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