自治体職員の読書ノート

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【1756冊目】角田光代『彼女のこんだて帖』

彼女のこんだて帖 (講談社文庫)

彼女のこんだて帖 (講談社文庫)

「おいしい10冊」8冊目。

「料理」を軸に人生のドラマを描く連作短編集。15篇の物語すべてで主人公は違うが、前の話に出てきた脇役が次の話では主人公になっていて、それぞれの世界が微妙に重なり合っている。そういえば前にも、こういう短編集を読んだことがあるなあ。村上龍だったか。

全部の短篇で「料理」が大きな役割を演じている。大げさに言えば、どの短編でも書かれているのは、ベタな言い方をすれば「料理で人が変わる」ということ。料理を生まれてはじめて作る。作ったことのないレシピを作る。母親の味を思い出して作る。別れを切り出す最後の晩餐もあれば、告白のためのクッキーもある。

料理っておもしろい。読んでいて、素直にそう思えた。実際に献立を考え、材料を買い込み、手を動かして切ったり炒めたり混ぜたり焼いたりする。その結果、できた料理を食べる。誰かの口に入る。

毎日料理をしている人からすれば、たかがそんなこと、かもしれない。だが時には「たかがそんなこと」で、人の心がうごいたり、見えている世界ががらりと変わるのだ。失恋して泣きそうな夜、ラムステーキにかぶりつく中で生きるエネルギーをもらうこともあれば、ほとんど何も食べようとしない妹が、自分で焼いたピザに笑顔でかぶりつくこともある。食の好みが違う人とは絶対に付き合わないと思っていたら、思いがけなく出てきた餃子鍋に心がほぐれたり、鯵をひらいて干物をつくっているうちに、妊娠のことを告げる覚悟が決まったりする。

そんな微妙な心の揺らぎを書かせたら、やはりこの著者の右に出る作家はいない。シンプルでてらいのないお話ながら、料理の話だからというワケではなく、絶妙にスパイスが効いている。料理がみごとな「転」になって、物語がぐるりと裏返る。

でも、そもそも料理って、「そういうもの」なのかもしれない。昨日のカレーライスじゃないが、幼いころの「思い出の味」、初恋の思い出と共に残る味、新婚の頃の手料理の味など、味の記憶こそがその人の人生の記憶なのだ。それが凝った手料理であっても、ジャンクフード一歩手前の味であっても。

だからこそ胸を打つのが、巻末の「あとがきにかえて」という短い文章だ。ここでは著者、角田光代自身の母との関わりが、料理を通して描かれている。なかなか台所に入れてもらえず、母がどうやって料理をしているか知らなかった少女時代、小説のスランプから料理にハマり、母がなにをやっていたか知った日のこと、そして母と娘の、料理を間に挟んだ微妙な関係。それを読むうちに、今度は自分自身のことを考えたくなってくる。料理を間に挟んでみると、自分と親との関係はどう見えてくるだろうか。自分と妻との関係はどうだろうか。

ちなみに本書の巻末には、15篇の物語に登場する料理の「おいしいレシピ」がフルカラーの写真入りで載っている。個人的には第11話の「豚柳川」が気になった。なんだか簡単でしかも旨そうだ。「ぬか漬け」とか「あじといかの一夜干し」なんてのも載っていて、なかなかおもしろい。