【1363冊目】角田光代『紙の月』
- 作者: 角田光代
- 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
- 発売日: 2012/03/15
- メディア: 単行本
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ムチャクチャ怖い小説だった。
化け物が出てくるワケじゃない。悪人さえ、本書にはほとんど登場しない。出てくるのは、どこにでもいそうな「普通の」人々と「普通の」生活ばかり。なのにこれほど恐ろしく、読んでいて鳥肌が立ちっぱなしだったのは、どういうことか。
いやいや、理由は分かっている。本書で描かれているのは「お金」に取りつかれてしまった人々の恐ろしさなのだ。お金のもつ底知れない魔力に、いかに人は簡単にはまってしまうか。そしてそこから抜け出すことがどれほど難しいことか。そのことをただひたすら書き尽くす本書の怖さは、「ナニワ金融道」「闇金ウシジマくん」に匹敵する。
本書の中心は、銀行の契約社員で、1億円を横領してタイに逃亡した梅澤梨花。平凡な主婦で、どちらかというとしっかり者だった梨花が、ささいなきっかけの積み重ねでずるずるとお金のアリ地獄にはまっていくプロセスを、本書は意地悪なほど念入りに描く。
顧客の金に手をつけ、証券を偽造し、そして得た金で若い恋人とホテルのスイートルームに泊まり、高級料理を食べて贅沢な買い物をくり返す。何より恐ろしいのは、その過程が実に「なめらか」なことだ。梨花の行動や心理に、ひとつとして飛躍も断絶もない。ひとつひとつの「自然な」行動の結果、「自然な」心理の結果が、いとも簡単に1億円の横領という「事件」につながっていく。
特に、贅沢の味を覚えてからの梨花の暴走はものすごい。一度「金持ちの世界」を味わってしまうと、もう元には戻れない。戻るべき自分がないからだ。あきらかに分不相応な「ホテルのスイート」と「高級料理」こそ自分の居場所だと錯覚してしまう梨花の姿は、なんとも切なく哀れであり、ヒトゴトではない恐ろしさもまたそこにある。自分だってひょっとして、そんな生活を1週間も味わってしまったら、元に戻れなくなるかもしれない。
なお本書は、梨花以外にも何人かの人名を題した章が交互に登場する。梨花を軸にした長編に、何篇かの短篇小説が絡みついているような感じだが、やはりそこで描かれているのは「お金」なのだ。
離婚して買い物依存が爆発した亜紀や、裕福な環境で育ったがゆえに同じ環境を子供に与えたがる妻をもつ和貴はもちろん、極端な節約志向に走り子供にいっさい小遣いを与えない節約主婦、木綿子もまた、お金という化け物の呪縛に、それぞれのカタチで囚われている。
いったいそこから逃れるすべはあるのだろうか。お金に支配されず、お金によって身を滅ぼさずに生きるには、どうすればよいのだろうか。そのヒントもまた、本書にはしっかりと埋め込まれている。「紙の月」というタイトルが、読み終わってからじわりと身に沁みる。傑作。