自治体職員の読書ノート

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【1723冊目】鑓水三千男『図書館と法』

図書館本16冊目。「自治体法務の備忘録」のid:kei-zuさんにリコメンドいただきました。記して感謝。

著者のお名前をどこかで見たような気がしていたのだが、以前読んだ『シリーズ自治体政策法務講座1 総論・立法法務』の執筆者のお一人であった。その時も理論と実務のバランス感覚が印象的だったが、本書でも非常にバランスの取れた議論を展開されている。

ちなみに千葉県庁の職員で、2009年時点での役職は総合企画部参事となっている。経歴に図書館勤務歴は載っていないが、図書館職員の勉強会で何度か講師を務めたらしく、その時のレジュメが本書のもとになっているとのこと。

だから内容も実務的かといえば、もちろん実務に即したQ&Aも充実しているが、一方で法を通じて図書館のあるべき姿を考察するといった理論面もきっちりとまとまっている。憲法と図書館の関係にはじまり、地方自治法や地方教育行政法との関係、図書館法と図書館についてと、まさに水も漏らさぬ周到さで議論が進む。

憲法との関連でちょっと意外だったのは、学問の自由や知る権利はもちろんのこと、参政権やら教育を受ける権利やら、さらには生存権や幸福追求権までが図書館との関わりで論じられるのに、「表現の自由」が出てこなかったこと。おやおや、と思っていたら、第8章「資料選定・資料廃棄に係る法的諸問題」の中で、例の船橋市西図書館の資料廃棄問題に絡めて、著者の考え方が示されていた。

ちなみにこの事件は、船橋市西図書館の司書が「新しい歴史教科書をつくる会」関連の図書107冊を除籍対象資料に該当しないにも関わらず廃棄したことが著者らの人格的利益等を侵害したとして、訴訟が提起されたもの。これについて、地裁では、除籍基準に違反した書籍処分について、著作者との関係で不法行為の成立を認めなかったが、最高裁の差し戻しを受けた高裁では、こうした行為は著作者の人格的利益を侵害すると評価している。

これについて著者は、地裁判決のほうが妥当ではないかと指摘した上で、こう述べている。

「公立図書館は、住民の福祉の向上のために設置される施設であって、そこに収蔵された図書の著者に対する何らかの権利を保障する役割を持っていると構成することには、前半はともかく後半については、やはり違和感があります。公立図書館という位置づけで当然に住民のみならず、図書の著者にも当該図書館において「思想の自由」「表現の自由」が一定程度保障されるとの構成が果たして妥当なのかどうか、疑問を禁じ得ません」(p.165)


さらに次のページまで読み進めてみると、どうも著者は、図書館を「思想の自由」「表現の自由」を保障する「公の場」とすることによって、特定著作者や団体からの圧力がもたらされるのではないか、と危惧しているようなのだ。確かにその心配は分からなくもない。

もっともこの点については、表現の自由を具現化した場所として図書館を捉える見方を完全に排除してしまってよいのかどうか、という方向での「違和感」を、私などは感じてしまう。もちろん財政的・空間的な制約はあるものの、一定の合理的な範囲で「思想の自由市場」のトポスとして図書館を捉えることは必要なのではないか、と思うのである。そのことが結果として、住民が多様な著作、思想に触れる機会を提供することにつながるのではないだろうか。表現の自由とは、そうした送り手側、受け手側双方にかかわる両面的な自由権であったはずである。

なんだか表現の自由がらみの話が長くなってしまったが、他にも本書では、図書館への指定管理者導入の是非(著者自身は「反対」と明確に書いておられる)や導入する場合の留意点、司書配置の必要性に関する議論、プライバシー保護との関係では捜査事項照会やマスコミ取材への対応など、図書館をめぐる主要な法的問題が網羅されている。どれも詳しく紹介したいテーマばかりなのだが、キリがないのでぜひ本書にあたっていただきたい。

面白くかつ実用的なのは、第2部の「図書館サービスとトラブルQ&A」だ。ここでは現実に図書館を襲う法的問題の数々がリアルに登場する。例えば、借りた本を返さない利用者への対応は? 借りた覚えがない、または返したと主張されたらどうするか? ホームレスの入館拒否や退館要請は可能か? 絶版図書を紛失された場合の賠償方法は? 本を丸ごとコピーするような複製サービスの濫用にどう対応するか? 図書の無断持ち出しが疑われる場合、職員がバッグを開けることは許されるか?

いずれも多かれ少なかれ、どんな図書館でも見舞われる事例であろう。しかしこうしたトラブルこそ、実は職員の法的能力が問われるのである。例えば、貸出しや返却にまつわるトラブルは、図書の貸出しの法的性質をどう捉えるか、という議論と密接に関係している。ホームレスの入館拒否を考えるには、そもそも図書館の利用者の範囲をどう考えるかという問題があり、さらにそこにホームレスの人権問題が絡み合う。図書館法も大事だが、特に民法の発想が重要となってくるのは、毎度のこと。

そういう意味で、図書館「にこそ」とまでは言えなくても、図書館「にも」自治体法務の素養は必要なのだ。本書には、そんな「窓口法務」のセンスとノウハウがぎっしり詰まっており、図書館という慣れ親しんだ場所だからこその、現場の法的思考トレーニングができるようになっている。本書はそんな、世にも珍しい「図書館法務」の入門書なのだ。

シリーズ 自治体政策法務講座 第1巻総論・立法法務 (シリーズ自治体政策法務講座)