自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1627冊目】松田茂樹『少子化論』

今調べたら、2012年の合計特殊出生率は1.41だそうだ。合計特殊出生率とは、一人の女性が生涯に産むとされる子供の数を言う。過去最低が2005年の1.26だから多少は回復しているが、人口を維持するラインは2.07だというから、到底喜んでいられるような数字ではない。

少子化が明確な政策課題として意識されたきっかけは、1989年の「1.57ショック」だという。いわゆる「ひのえうま」のため極端に出生率が低かった1966年の合計特殊出生率1.58を下回ったのがこの年だったからだ。もっとも、人口維持ラインの2.07を下回ったのはそれよりずっと前の1970年代半ばだというから、それから10年以上「放置」されていたとは、ずいぶん呑気な話だ。

それでも1989年以降、政府はいろいろな「少子化対策」を打ちだしてきた。その期間はすでに20年を超える。ところが出生率はほとんど回復せず、それどころか、2005年にはどん底の1.26まで下がった。その後ちょびっとだけ回復してはいるものの、それは「2000年代前半の抑制からのリバウンド」とも考えられ、今後本格的な回復に向かうとは到底思えない。

なんだか「少子化」とか「少子高齢化」というコトバ自体、すでに定着してしまった感があるが、考えてみれば20年以上にわたって対策が講じられ、にもかかわらずほとんど何ら成果が上がらなかったというのは、ちょっと尋常ではない。

さて、本書はそんな中、少子化の原因を改めて分析した上でこれまでの少子化対策を再検討し、新たに実効性のある対策を提言する一冊である。

少子化の原因については、いろんな人がいろんなことを言っている。もともと複数の原因が絡まり合って起きている状況であるから、どれもそれなりの「一面の真理」ではあるのだが、それゆえにかえって分かりにくくなっている。そこで著者は、まず絡まり合った原因の一つ一つを丁寧に検討し、これまでの調査やデータと照らし合わせていく。

その中には、意外な指摘もけっこうたくさん含まれている。たとえば、女性の社会進出が進んで共働き夫婦が増えたことが少子化の一因とされることが多い、という説がある。だからこそ、保育サービスを中心とした両立支援が少子化対策の柱になってきた。

ところがなんと、調査の結果、多くの女性は、いわゆる「夫は仕事、妻は家庭」という性別役割分業に基づく結婚を望んでいるという(その是非や理由はここでは問わない)。

この場合、結婚や育児の障壁となるのは、保育サービスよりも「おカネ」である。具体的には、子育てや教育にかかる費用の多額さ、非正規雇用の増大によって家計を一人で支えられる男性が減ったことが、結婚や出産のネックになっている。

こうした事態を打開するための当面の施策としては、金銭給付が有効とされている。ところが金銭給付をめぐって思い出されるのは、子ども手当をめぐって行われた「バラマキ批判」ではないだろうか。一方、出生率の回復に成功した国の多くは、現物給付とあわせて所得制限なしの潤沢な金銭給付を行っている。

イクメン・ブームについても意外なことが書かれている。統計でみる限り、父親の育児参加時間は、むしろ以前より減ってきているという。その大きな要因となっているのが、平日の長時間労働。欧米の父親が平日もある程度の時間は子どもと関わっているのに対して、日本(韓国も)の父親は、土日に「まとめて育児」をしている。そのため土日に公園や遊園地にいる「イクメン」は目立つが、依然として平日の育児はほとんど女性が担っている。

そして、長時間労働の遠因となっているのが、終身雇用・年功序列という、いわゆる日本型雇用慣行であるという。日本の企業は、正社員の雇用を簡単に切れないため、人員調整を「労働時間の調整」に代替しているのだ。この「正社員の長時間労働」と「低賃金の非正規雇用が、いわば少子化の「車の両輪」になってしまっていることになる。

少し細かいところでは、日本とヨーロッパでの結婚制度の違いについての指摘も興味深い。欧米は同棲に対して寛容であり、同棲を保護する制度的仕組みがある、そのことが少子化対策につながっているという見解があるが、著者によれば、そもそも「日本の結婚制度はフランスやスウェーデンの同棲の制度に近い」(p.192)というのだ。

宗教的な背景から、フランスやスウェーデンでは結婚にあたっては教会での挙式が義務化されており、離婚に対する制約が厳しい(両国とも裁判で判決を得ないと離婚できない)のに対して、日本では結婚も、離婚でさえ協議離婚であれば紙切れ一枚でできてしまう。この軽易さは、フランス等にとっての同棲と同じレベルだというのである。なるほど〜。知らなかった。

あと、少子化の原因としてよく言われるのが、今の若い人は自分の楽しみを優先するため、子供を産んで育てようと言う機運に乏しいのではないか、という見解だろう。しかし著者は、この仮説もあざやかにひっくり返してみせる。結婚・同棲している人に欲しい子供の数を聞いた調査があって、それによると日本人は平均2.4人で、これは諸外国とほとんど変わらないというのだ。

では何が違うのか。著者によると、日本の場合、他の国に比べて「希望する人数になる前に断念してしまうケースが多い」のが特徴だという。その理由は先ほども挙げた金銭的理由であったり、高齢出産を嫌がる(これは晩婚化の結果でもある)こと、働きながら子供を育てる職場環境にないこと、社会全体の子供やその親に対する冷淡さなどであるらしい。

さて、本書はさまざまな問題を少子化対策にからめて論じているため、読み手の立場や性別、年齢によって「身につまされる」箇所が違うことと思う。最後に、私が自治体職員としてなるほどと思わされた部分を取り上げたい。

本書の第5章は「都市と地方の少子化」と題して、地域によって少子化をめぐる状況が異なることを論じている。

簡単に言えば、都市では保育所の待機児童が深刻な問題となっており、またサービス業が多いため非正規雇用の若者が多く、その待遇改善が急務となっている。一方、地方ではそもそも若年層の雇用が少ないため、産業と雇用の創出が重要になってくる。また都市部に比べて所得が低い世帯が多いため、経済的支援の充実が必要だ。一方、保育園に入れない子供はそれほど多くなく、祖父母などのサポートが得られることも都市部より地方のほうが多い。

ところがこれまでの国の少子化対策は、保育対策に代表される「都市型」のものが中心だった。国の予算が個別の施策ごとに配分され、地方自治体もそれに沿って政策を選択してきたためだ。著者は、国の少子化対策予算を包括化して地方が柔軟に使用できるようにすべきだと提案するが、地方自治体側もまた、それぞれの地域における少子化の原因を分析し、オーダーメイドの少子化対策を行っていかなければならないのだ。

少子化論にもいろいろあるが、本書は出色の出来である。説得力、バランスの良さ、説明の分かりやすさや提言内容の的確さ、いずれも文句のつけどころが見当たらない。特に関係者は必読。本書はたぶん、今後少子化論を語る際のスタンダード・テキストになるのではないだろうか。