自治体職員の読書ノート

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【1510冊目】スティーヴン・キング『ザ・スタンド』

ザ・スタンド 1 (文春文庫)

ザ・スタンド 1 (文春文庫)

ザ・スタンド3 (文春文庫)

ザ・スタンド3 (文春文庫)

ザ・スタンド 4 (文春文庫)

ザ・スタンド 4 (文春文庫)

文庫本全5冊。約2,500ページ。にもかかわらず一行一行、一文字一文字に至るまで「これを書きたい! 俺はこういうのが好きなんだ!」という、初期スティーヴン・キングの妄念爆発っぷりがぎっしり詰まっているのが素晴らしい。

後年のプロ根性に徹したキングも悪くないが、『キャリー』『ザ・スタンド』『シャイニング』あたりから『ペット・セマタリー』『スタンド・バイ・ミー』『IT』あたりまでの作品が、やっぱり私にとってはいちばん魅力的なのだ。

吸血鬼モノの『呪われた街』なんて、いかにもB級感満載なのだが、そういうのが書きたいんだ、という確固たる信念だけで押しまくった作品ではないか。『IT』の後でそういう作品を探すと、長編ではファンタジーモノの『ガンスリンガー』くらいだろうか。むしろ最近のキングは、短篇のほうがそういう傾向が強いかもしれない。

まあそれはともかく、『ザ・スタンド』である。著者自身が言っているとおり、これはキング版「指輪物語」。いたるところにトールキンへのオマージュが捧げられ、善と悪との対決、年経た賢者とカウボーイ的な英雄、そしてなんといってもサウロン/ランドル・フラッグの「巨大な目」と、露骨なまでにキングはトールキンをなぞってみせている。

しかし、本書はそれだけの作品ではない。なんといっても舞台がアメリカ、しかもパンデミックで人口のほとんどが死滅した「破滅後のアメリカ」である。第1巻のほとんどは、猛烈な疫病で人々がバタバタと倒れていくさまをひたすら、情け容赦なく描く。しかも並の長編小説1本分に匹敵するアメリカ滅亡のプロセスすら、本書では序章にすぎないのだ。

むしろ本番は第2巻からといってよい。生き残ったわずかな人々が玉蜀黍畑の中にいる老女という夢に導かれ、一つ所に集まってくる。一方、「闇の男」ランドル・フラッグのいるラスヴェガスにも、人々は集まってくる。まるで誘蛾灯のように、善なるアバゲイルと悪なる「闇の男」のもとに二つの陣営が生まれ……

続きはあとのお楽しみ。そもそも、これほどの過剰に過剰を塗り重ねた小説に、あらすじの解説などはナンセンス。ただひたすらに、読者はキングの語り口に酔い、ジェットコースターに乗りこんだ気分で2,500ページの長旅を楽しめばよい。

読み終えて思ったのは、たしかにこれは「指輪物語」かもしれないが、それだけではない、ということだ。むしろ私には、この物語はアメリカ建国の物語の焼き直しと映った。メイフラワー号でアメリカ大陸にたどりついた人々が小さな集落からスタートし、自らの生活を自ら守るという気概をもって(アメリカ銃社会のルーツもここにある)イチから国を創った時代。キングはパンデミックというカタチでいったん今のアメリカを滅ぼした上で、もう一度建国の物語を語り直したのだ。

アメリカだけ、というのが狭い見方だというなら、世界の創世神話を新たに編み直した、と言っても良いのかもしれない。メインとなるはずの「悪との戦い」がバカバカしいほどあっけなく終わったのも、キングの主眼はむしろ新たな「建国」のほうにあったと考えれば納得がいく。だいたいタイトルの『ザ・スタンド』の意味とは(これもラスト近くになってようやく明らかにされるのだが)「拠って立つ場所」なのだ(JOJOに出てくるアレじゃないですからね。念のため)。

しかし、なぜわざわざキングは、新たな建国の物語を創造しようとなどしたのか。むろんそのことによって、大国気分のアメリカ人に自らの原点を思い出させるためだ。だから本書は、特にアメリカで絶大な人気を誇っているのである。

他にもいろいろ触れたいポイントはあるのだが、まあとにかく「キング最高傑作」との呼び声がダテではないということだけは保証しておきたい(個人的には、どちらかというと『IT』のほうを推したいが)。なお、ひとつだけ注意。すさまじい物語の吸引力で全5巻を一気読みさせられるので、たっぷり時間を確保したうえで読み始めること。そうしないと、夜が白むまで読み続けることになりますぞ。