自治体職員の読書ノート

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【1116冊目】宮崎駿『トトロの住む家』

トトロの住む家 増補改訂版

トトロの住む家 増補改訂版

東京で昔の家が残っているのは、意外と、下町より山の手のほうに多い。

空襲で焼け野原になった下町に比べ、比較的戦災の影響が少なかったためか、大正から昭和初期に建てられた家がわりと手つかずで残っている。相続などの際に売り払われたりせずに済んでいるのは、資産家が比較的多いためだろうか。しかし一番大きいのは、住んでいる方々の、昔のものを大事にする気持ち、大切なものをそのままに伝えるという姿勢かもしれない。

本書は、かの宮崎駿がそうした昔ながらの家をめぐった記録。純和風の家は案外少なく、建てられた当時はモダンでハイカラだったと思われるような、洋風のデザインを取り入れたしゃれた建物が多い。しかし、建物がおもしろいのは、それが時を経て、独特の得難い味わいをかもし出すというところだろう。

東京のど真ん中にこういう家がまだまだ残っているということも驚きだが、その家を一軒一軒訪ね歩き、住んでいる人に話を聞き、ひとつひとつの造作や庭を観察するという地道な作業にも驚かされた。そしてその上で描かれた宮崎駿のイラストや文章が、またどれも温かみのあふれたすばらしいものなのだ。この人が本当に、こういった味わいのある家や適度に荒れ放題の庭、その中に住み続け、家を守り続ける人々を愛し、いつくしみ、うやまっているのがじんじんと伝わってくる。こういう感性の持ち主だから、「トトロ」のような奇蹟的な映画を撮ることができたのだな、と心の底から納得する。

なお本書は、オリジナルが1991年に刊行された後、2011年に増補改訂版が出ている。実はその間に、本書に掲載された阿佐ヶ谷の家が不審火で全焼するというショッキングな事件があったのだ。杉並区がその土地を買い上げて家屋を保存しようという動きがある最中のことだった。そのことを知った宮崎氏は、その話が頓挫するのではないかと心配し、自ら公園化のアイディアを描いて杉並区に提出、了承された。今は「Aさんの庭」という名前で実際に公園として地域に解放されている。

自治体職員としてはなかなか嬉しい話ではあるが、一方で、昔ながらの家や庭を残すということは決して簡単ではない、ということを思わせられた。住んでいる方の協力はもとより、行政の支援、地域のコンセンサスなどがうまくつながっていかないと、放っておけばたいていは壊されてしまう。本書のケースは保存のほうのリーディングケースのひとつと思われるが、これからどれくらいそういうケースが出てくるか、宮崎カントクが言うように、本当に「時代は変わりつつある」のか、いささか気になるところではある。

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