自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1813冊目】鈴木敏夫『仕事道楽 新版』

映画本11冊目。

言わずと知れたスタジオジブリの名プロデューサー、鈴木敏夫が、自らの「仕事史」を振り返る一冊。「新版」と書かれているのは、2008年に刊行したものに新章を追加したため。ちなみに新章では、『崖の上のポニョ』以降、『風立ちぬ』のこと、そして宮崎駿の「引退宣言」のことが書かれている。

「みんなで坂を転げ落ちるのが映画づくり」と言い放った高畑勲、「金なんて紙」「金なんか銀行にいくらでもある」と言った徳間書店社長の徳間康快などの名言、名エピソードがたくさん出てくるが、圧巻はなんといっても第4章「宮崎駿の映画作法」。『カリオストロの城』の頃から、宮崎のすぐ近くで作業を見続けてきた著者だからこそ語れる「宮崎アニメの奥義」が惜しげもなく披露されている。

たとえば、宮崎駿は写真を撮らない。ひたすらジーッと見ている。もちろん、どんなに「見て」いても、半年も経つと半分くらい忘れてしまう。自分にとって印象に残るところが際立つ。そこを残し、あいまいな部分は想像で補うから、宮崎のオリジナルな映像ができあがる。

結末を決めないまま作画に入る、というのもおもしろい。「結末がどうなるかわからないというスリルとサスペンスを監督以下全員が味わうことが、映画をおもしろくし、その作品にとってある幸運をもたらす」と宮崎は考えていたという。もっともこれは、当然ながら大変なストレスでもある。そこで著者はこう言ったという。「連載漫画と思えばいいんじゃないですか」なるほど。

独裁的な人かと思えばさにあらず、意外に人の忠告は聞き入れる。『となりのトトロ』では、サツキがあまりにしっかりしすぎている、これじゃ大きくなって不良になる、と言ったら、お母さんが死ぬんじゃないかと心配して泣くシーンを取り入れた。

トトロも最初は冒頭から出てきて大活躍だったから「こういうキャラクターはふつう、最初から出たりしないんじゃないですかねえ」と言ったら、大きな紙をパッと出してまんなかに一本線を引いて書いた。「トトロ登場」。言われたことをなんでも受け入れるので冷や冷やする、と書いているが、それだけ著者に対する信頼が厚かった、ということもあるのだろう。

それにしても、ジブリとはいったいなんなのか。著者は「町工場」であるという。いいものをつくるためにつくった会社。「いいものが作れなくなったら、ジブリなどつぶしてしまっていい」と著者は言い切る。会社の規模を大きくしないのもそのため。会社はあくまで「いい作品をつくるためのツール」なのである。

この本はめっぽうおもしろい。宮崎、高畑といった天才の仕事術が見てとれるし、それを導いてきた鈴木敏夫というもう一人の天才についても、自分語りではあるが存分に語られている。それにジブリ映画の裏側、制作秘話も満載。ファンにはたまらない一冊だ。

ちなみに千と千尋は、著者が宮崎にしたキャバクラの話がきっかけで生まれたという。前に『ベスト・オブ・映画欠席裁判』で「千と千尋はソープで働く女の子の話」という説が披露されていたが、かなり近いところを衝いていたことになる。ジブリファン、映画ファン、クリエイティビティに関心がある方、必読。

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