自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1097冊目】浅田次郎『ハッピー・リタイアメント』

ハッピー・リタイアメント

ハッピー・リタイアメント

舞台となっているのは「全国中小企業振興会(JAMS)」神田分室。中小企業への債務保証を業とするJAMSの、時効を過ぎたいわば塩漬け債権を管理する部署だ……とはいっても、時効を過ぎた債権であるから返済などほとんど期待できない。その実態は、ありがちな「天下りのための受け皿機関」。出世コースから外れ、退職する官僚たちを受け入れ、高額な給与と退職金を支払うことが事実上の目的という機関である。そして、JAMS自体は作者がつくった架空の存在だが、似たような(あるいはもっと救いがたい)団体や機関が世の中には腐るほど存在することは、おそらくみなさん御承知のことと思う。

そんな機関だから、もちろん債権回収なんてまともにやるわけがない。だいたい時効が過ぎているのだから、回収できるわけがないと誰だって思う。だからここに天下って来た職員は、「読書、ネット、昼寝」の自堕落な数年をそこで過ごし、莫大な退職金を貰ってやめていく。公務員の私が言うのもナンであるが、血税を食いつぶすだけの腐り切った人間の集まりである。だがそのJAMSも、もともとは戦後GHQの肝入りでつくられた、高邁な理念を担う機関であった……。

そんなところに二人のちょっと変わった男がやってくるところから、小説が動きはじめる。一人は財務省のノンキャリア樋口。もうひとりは自衛官あがりの大友。なんとこの二人、「秘書兼庶務係」の立花にそそのかされ、実際に「仕事」を始めてしまうのだ。その仕事とは、言うまでもなく時効を過ぎた債権の回収である。

先ほど「時効が過ぎているのだから、回収できるわけがない」と書いた。実はそこがこの小説のつけ目になっている。確かに法的には返済義務はない。しかし道義的にはどうか。若い頃にJAMSから債権を踏み倒した連中のなかには、その後一発逆転を成し遂げて裕福になった者も多い。そんな連中の中には、踏み倒した債権に対して負い目を感じている人も少なくないだろう。実際、本書の冒頭には著者自身のものと思われる短いエピソードが紹介されている。著者自身が以前「踏み倒した」借金の返済を頼みに来た男との出会いが書かれているのだ。著者は最初はそれを踏み倒すつもりでいたのだが、結局はそれを支払うことに同意してしまうのだ。

「精彩を欠いたロートルがひとりでやってきた。私の著作を偶然にも読みながら。その小説のテーマは『男の義』。そしてあとは何言うでもなく、じっと黙ってうなだれたのである。そのうちに、私の味方であるはずの三十年の時間が、次第にちがう形に変わってのしかかってきたのだった」

こうした「男の義」に、樋口と大友もまた数多く触れていく。その中で芽生えてくるのは、血税をむさぼってのうのうと日々を過ごしている「天下り機関」への疑問、あるいは怒りであったろうか。そこには一片の義もなく、誠もない。創立当初の大義は失われ、官僚OBの食い物になっている。樋口、大友、立花は、そんな「不義」に戦いを挑む義士なのだろう。そして現代という大義が失われ、私欲と合理ばかりが幅を利かせる時代だからこそ、彼らのような草の根の「義士」が必要なのかもしれない。