自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2528冊目】ヤニス・バルファキス『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』

 

 

 

ひところずいぶんと話題になった本。著者は、経済危機の渦中のギリシャ財務大臣を務めた人物だ。我が国と比べるワケではないが、こういう本を書ける人物が財務大臣を務めているというだけで、なんだかギリシャという国がうらやましくなってしまう。ちなみに「大転換」という言葉が何度か出てくるが、おそらく本書の記述に影響を与えているのは、経済人類学者カール・ポランニーの、それもまさに『大転換』というタイトルの本かと思われる。

 

そもそも経済のルーツを辿っていくと、農業がはじまったころの古代社会に遡る。農業によって生じた「余剰」が、階級や格差を生み、軍隊や官僚の存在を可能にし、余ったモノを交換するための市場が出現した。だが、その時点では、あくまで「社会の一部」に市場があるにすぎなかった。

 

大きな転換を迎えたのは、大航海時代。ヨーロッパ諸国の商人たちは、アジアとの交易で莫大な富を得た。それを見ていたイギリスの領主たちは、自分たちも儲けに加わろうと考え、とんでもないことをやった。農地として運営していた領地を囲い込み、羊毛(アジアで香辛料と交換されていた主力商品)を生み出すために羊を飼うことにしたのである。

 

世界史の教科書で必ず出てくる「エンクロージャー」(囲い込み)である。だが、これがなぜ社会を大きく変えたのか。その答えは、この囲い込みが、2つのものに「値段」をつけたことにある。まず、土地で働いていた農奴たちが仕事を失い、住む土地を追われた。彼らは生活していくために、自らの労働力を「売り物」にするしかなかったのだ。ここで歴史上初めて、労働力に値段がつけられたことになる。

 

もうひとつは「土地」である。領主たちは自ら羊毛を生産する代わりに、誰かに土地を貸し出すことを思いついた。どのくらい羊を育てられるかで、その土地の賃料が決まる。ここで「土地」に値段がつけられた。市場社会が「いかなるものもお金で買える社会」だとすれば、「人」と「土地」がお金で買えたり借りたりできるようになったことで、当時のイギリスはまさに市場社会へと転換を遂げたのである。

 

もうひとつ、重要な変化があった。「囲い込み」以前は、農奴が土地を耕し、作物をつくり、領主がそこから年貢を取り立てていた。しかし、土地の転換が起きると、今度は農奴が領主から土地を借りて羊を育て、羊毛を刈り取ってお金に換え、そこから土地の賃料を払うようになったという。だが、羊毛がお金になるまでには時間がかかる。その間のお金はどうやって支払うのか。ここで登場するのが「借金」だ。お金を借りて事業を営み、そこから得た利益から借金を返済するというサイクルが出現したのである。「市場社会では、すべての富は借金から生まれる」(p.82)と著者は言う。借金には利子をつけて返済しなければならない(実はキリスト教はもともと利子を禁じていたのだが)。利子を払うためには、その分の利益を挙げなければならない。だから誰もが「利益」を求めるようになった。

 

市場社会にとって金融機関が重要な理由もここにある。お金を貸す存在がなければ、そもそも経済が成り立たないのだ。そして、そんな金融機関を支えるのが中央銀行であり、ひいては国家だ。国家と金融機関は、いわば持ちつ持たれつの関係なのである。さらに、国家もまた「借金」をすることで、社会のインフラを整備し、景気を下支えする。本書はこうした公的債務を、社会を動かす「機械の中の幽霊」であると表現する。著者がまさに公的債務をめぐる経済危機のギリシャ財務大臣を務め、大胆な債務帳消しを主張したことを思うと、なかなかに感慨深いものがある。