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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【988冊目】金子勝・児玉龍彦『逆システム学』

地球・環境・生命 国家・市場・労働

経済学者の金子氏と生物学者の児玉氏が、両方の視点をクロスさせつつ、従来の見方を転換させた「逆システム学」を提唱する。

そもそも生物学と経済学は、ある種のアナロジーで語られることが多い。特に適者生存などの進化論的視点は、ほぼそのまま社会や経済に適用され、自己調整的市場における自然淘汰と弱肉強食が当然のように語られる。確かに両者には共通点が多いが、本書が面白いのは、両者の相似性はそのままに、その依って立つ視点そのものを大きくひっくり返したことにある。

キーワードは「制度の束」と「多重フィードバック」。その背景には、単一の制度内における単純なフィードバック効果を「積み上げる」ことで全体を理解しようとする要素還元主義的な見方への批判がある。生物も経済も、実際には複数の異なるシステムや組織や制度が「束」になっており、そこで働いているフィードバックも単一どころではなく、とてつもなく多様で複雑で相互干渉的。本書における「逆システム学」とは、こうした「制度の束」と「多重フィードバック」による複雑多重なシステムとして生物や経済を捉えようとするものだ。

面白いのは、ヒトゲノム解読のプロジェクトの結果、ヒトの遺伝子のうちタンパク質生成にかかわる部分はわずか2%ほどであり、残りの大多数は、環境の変化などに対応してそれを調節制御する配列であったという指摘。しかもこの調節制御の働きはきわめて複雑玄妙なもので、複数の遺伝子同士がそれぞれを多様に調節制御し合っているという。皮肉なことに、遺伝子をタンパク質生成機能の集合体とみて、その組み合わせでヒトゲノムを解読しようとする要素還元論的なアプローチは、現実の解読結果に表れた「制度の束」と「多重フィードバック」の前に方向転換せざるをえなかった。

こうしたシステム論は経済にも適用される。特に印象的だったのは市場主義とセーフティネットの関係。従来、セーフティネットは市場の「外側」に配置され、市場主義からこぼれおちた者を救済するにすぎなかった。しかし、逆システム学の考え方からすると、むしろセーフティネットは市場の「内部」にビルトインされるべきだという。なぜならセーフティネットは単なる弱者救済の制度にとどまるものではなく、市場主義に織り込まれた「フィードバック」の仕組みのひとつであるから、だという。つまり、セーフティネットを欠いた市場主義経済は、結果的に衰退し、崩壊するのであって、それを避けるためにはあらかじめこれを市場主義経済の一部に組み込んでおく必要があるということだ。

本書は分量こそコンパクトだが、なかなかヒントになる部分が多い。なにより生物学と経済学がこのようなかたちで重なり合い、相互創発的に関わり合うものであるということ自体が痛快だ。2004年の刊行だが、リーマン・ショック以後の現在を予見するような記述もあり、むしろ先行きの不透明な今だからこそ読まれるべき一冊かもしれない。