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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【939冊目】上田惇生『ドラッカー入門』

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて

ポスト・モダンの世界観と、会社の経営をひとつながりに通観するところに、マネジメントの真髄が宿る。ドラッカーの本質をドラッカー自身より分かりやすく示す。

ドラッカーの本はこれまで2冊ほどかじっただけで、どちらもそれなりに納得できる内容ではあったものの、言われるほどの魅力やスゴさを感じることはできなかった。そもそも「マネジメント」自体、会社がうまく儲けるための手段程度にしか考えていなかったような気がする。本書を読んで、それが大きな誤解だったことがわかった。

本書は、日本にドラッカーの著作を翻訳・紹介してきた著者が、ドラッカーの思想を通観する一冊だ。ドラッカーの「守備範囲」は、実はものすごく広い……というか、そもそもの立脚点が広い。そもそもその根っこには、モダニズムに対するポスト・モダン的な思想展開への対応がある。

デカルトに端を発するいわゆる近代合理主義は、物事を徹底的に分析し、分割し、細かく分かれたパーツをロジカルに組み上げることで全体としての世界像を記述してきた。それに対してポストモダニズムは、「部分の総和は全体と合致しない」と考える。分析と総合という理性主義的な方法論の限界を認識するところに、ポストモダンの出発点があるわけだ。そこでは「考える」よりもまず「見る」ことが重視される。全体をあるがままに観察することで、そこに起きている変化を捉え、対応する。そうした方法論を会社経営に適用するところに、どうやらドラッカーの思想のポイントがあるらしいのだ。

著者によると、ドラッカーの言葉には「なぜかはわからないが……だ」というフレーズが頻出するという。それは言いかえれば「なぜか分かるまで待ってはいられない」ということになる。そこに見られるのは、豊富な経験に基づく徹底した現場感覚重視。今まで読んだドラッカーの本がいまひとつピンとこなかったのは、「理由」や「ロジック」をそこに求めていたためかもしれない。むしろ現場の知恵の集積として、その言葉にあたるべきだったのだ。

また、ドラッカーは徹底して会社を「公器」と捉え、そこからすべての思想を展開した。そもそもわれわれが組織に属し、上司に従うのは、その組織が社会に貢献しているからである。マネジメントが必要なのも、それによって組織の社会に対するミッションをより的確に果たさせるためである。もちろんそのプロセスで収益を上げ、利益を確保することは必要だが、それ自体が至上目的になってはならないという。それはその組織がNPOでも、政府機関でも、株式会社でも変わらない。

これって、当たり前と言えばきわめて当たり前な考え方である。しかし、その当たり前でまっとうな考え方が通用しなくなったのが、株主重視が行き過ぎた最近の会社経営であったろう。ドラッカーがいまだに読まれつづけるのは、われわれの社会自体が、ドラッカーにまったく追いつけていないということなのかもしれない。