自治体職員の読書ノート

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【938冊目】ポール・ギャリコ『七つの人形の恋物語』

ひさしぶりに、物語を読んで泣きそうになった。心が震える、ふたつの珠玉のストーリー。

「スノーグース」「七つの人形の恋物語」の2篇を収める。

「スノーグース」は、世を避けるようにして古い燈台小屋に住むせむしの画家と、そこに傷ついた鳥を運びこんできた少女の物語。「灰色と、青と、うすみどり」の荒涼とした風景をバックに、男と少女の心の通い合いが描かれる。

「七つの人形の恋物語」は、川に身投げをしようとしていた少女を引き留めた芝居小屋の人形たちと、その一団を率いるひねくれた心の持ち主キャプテン・コックの物語。人形が飛び跳ね、語り、歌うファンタジーなのだが、最後になって実は……。

ファンタジーといえばファンタジー、寓話と言えば寓話なのだが、やはりこれは「物語」と呼びたい。それも極上の、読み手の心のいちばん柔らかい部分に届く物語。淡々とした抑制的な文章で、お涙ちょうだい的なあざとさはまったく感じないのだが、それでいて読んでいると心がじんわりと温かくなる。できれば、スタジオジブリでアニメ化してほしい(ディズニーは不可)。

そして、矢川澄子の翻訳がまた、極上。原文を知らないのでどの程度「意訳」があるのかわからないが、使われている言葉がすべて活きている。ギャリコの感性と矢川澄子の感性がみごとなアンサンブルを奏でている感じ。両方の作品から、それぞれ冒頭部分を引いてみる。

 その大沼はエセックスの海岸にあって、チェルムバリの村と、ウィケルドロースの古来牡蠣をすなどるサクソン人の小部落とにはさまれています。ここはイギリスでも、いちばん、未開のままのすがたをとどめている土地のひとつで、はるかにひろがる丈のひくい雑草や葦の原と、なかば水に浸った牧草地とが、ゆれやまぬ海のきわで果てるあたり、大きな塩沢や泥沼や海水のたまりをつくっているのです。(「スノーグース」)

時は春、ところは現代のパリ、ひとりの若い娘がいましもセーヌ河に身投げしようとしていた。
 それはやせてぶざまで、大きな口と黒いみじかい髪をした女の子だった。からだはもともとふっくらして肉づきよかったはずなのに、全身骨と皮のありさまだった。顔立ちには愛嬌があるけれど、いまは飢えとみじめな失敗にやつれはてている。目は何かにとりつかれたような風情で、大きく、くらく、うるんでいた。(「七つの人形の恋物語」)


……ね? いいでしょう?