自治体職員の読書ノート

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【899冊目】国分拓『ヤノマミ』

ヤノマミ

ヤノマミ

読み終わって、重い重い衝撃を受けた一冊。心の一番奥深くを、鉄のハンマーでズシンと打たれたような気分だ。

ヤノマミは、ブラジルとベネズエラの国境をまたぐ森林地帯の奥にひっそりと生きる人々だ。コロンブス以来、侵略と病原菌によって南米先住民の数は1%以下に激減した。その中で、ジャングルの奥深くに住むヤノマミは、ヨーロッパによって「発見」されずに済んだおかげで、西洋文明の影響を受けないままの生活を今に至るまで続けている。ちなみに、ヤノマミとは彼らの言葉で「人間」、あるいは自分たち自身をさす。

その中に日本のNHKのカメラが入った。著者やカメラマンなどわずか数人が、合計150日以上にわたり彼らの集落のひとつであるワトリキで暮らした。その生活はまさに原初の暮らしそのものであった。精霊と交信するシャーマンを部族の中心とし、狩猟と簡単な栽培によって食物を得る。貨幣も文字もなく、住居はプライバシーなどいっさいなく、性行為すら周囲に筒抜けとなる。そして、文明の影響は政府によって慎重に排除されている。

彼らの生活には、善悪も、法律も、経済も存在しない。あるのはむき出しの「生」と「死」のみだ。特にショッキングだったのは、ヤノマミの出産。彼らにとって、生まれたばかりの子供はまだ人間ではなく、精霊なのだという。母親が抱き上げて家に連れ帰ることで、はじめて赤ちゃんは「人間」となる。

しかし、生まれた赤子のすべてが人間となるわけではない。わが子を人間とするか、精霊とするか、決めるのは母親だ。精霊として生まれたばかりの子を天に返そうと決めた場合、出産直後の母親は、新生児を自らの手で絞め殺し、白蟻の巣に入れる。白蟻は子どもを骨まで食いつくし、母親はその巣を焼き払う。わが子を食べた白蟻ごと、燃やすことによって、森に返す。

著者は、14歳の少女が出産したばかりの子を殺し、白蟻に食べさせるところを目撃して「世界が崩壊する」ほどのショックを受ける。文明の価値観で彼らの行動を判断すべきではないと思いながら、しかし素直に受け入れることは到底できない。その深刻な戸惑いは、ヤノマミに「文明」の側が触れた時にわれわれが感じる戸惑いでもある。われわれの「常識」が、実は自然界のむき出しの「生と死」を隠蔽しているにすぎないこと、われわれの価値観とは虚飾にまみれた空中楼閣にすぎないことを、ヤノマミの暮らしはつきつける。ヤノマミを問うことは、ひるがえって文明を問うことである。一見奇異に思われるヤノマミの伝統や習慣は、実は自然の摂理に深く根ざした知恵に満ちている。そのことに気づくとき、実は文明の側こそが偽りの知恵と欺瞞に覆われていることにも、同時に気づかされる。

しかしヤノマミの暮らしも、今やさまざまな困難に直面している。なにしろ「文明」がついに流入してきたのである。進んだ医療や楽しい娯楽が入り込み、まず子供と若者がそのトリコになる。新たなものを拒絶しようとする長老と、文明を受け入れようとする若者が対立し、部族の秩序がずるずると崩壊していく。日本を含め、西洋文明を受け入れた多くの国がたどってきた道を、ヤノマミもまたたどろうとしている。文明に毒されていない原始の生活が、医薬品やハリウッド映画などによって一気に消え去ろうとしている。しかし、そのことで彼らを非難できるだろうか。われわれに、はたしてその資格はあるだろうか。